装置の整備1

有機超伝導体の角度分解電子比熱測定装置開発と評価

Fig. 1 Fig.1 A comparison of temperature dependence of blank heat capacity of the present cell and the previous one reported in annual report in 2012.

Fig. 2 Fig.2 Angle dependence of heat capacity of κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2 in the bc plane. The magnetic field direction control can allow anisotropy measurements in a superconducting mixed state of organic superconductors.

多くの有機超伝導体は分子がπ共役系を重ねるように積層し,二次元層状構造を作ります.そのため伝導面も良い二次元性をもつことがわかっています.そのため二次元面に垂直な成分と水平な成分の磁場印加が超伝導に与える意味は大きく異なることになります.更に面内は分子の積層方向に関する異方性を反映した電子状態になり,面内磁場成分のみが与える物性変化の情報などが必要な場合は面内方向で結晶を回転させる精密な角度制御磁場下での実験が必要になります.κ-(BETS)2FeCl4などでは面内に対して±0.3°以下の角度から17T以上の高磁場印加時のみ磁場誘起超伝導が引き起こされるなどの例があります.更に二次元面内で異方性を持つ超伝導状態での励起構造は水平性を保ったまま面内磁場角度変化によって議論する必要があります.そこで我々は面内磁場印加条件下での角度変化が可能な緩和型熱容量測定を行うための装置開発を行い,実際にその新型熱量計によって有機超伝導体の二次元面内角度依存性を捉えることに成功しました.その過程については昨年度の熱学レポートにも報告しています(2012年 研究紹介17).しかし,一般的に無機超伝導体に比べ有機超伝導体における電子比熱は小さく,検出した面内異方性の中でも超伝導の面内磁場による準粒子励起成分を精確に議論するのは困難です.二次元フェルミ面上での異方性は電子の波動関数における角度依存性成分に重要な知見を与え,また同時にこの角度依存成分は超伝導発現の起源を解明するには非常に重要な鍵となります.例えば,反強磁性相に隣接した超伝導相はスピンゆらぎが超伝導に関係していると考えられ,これにより面内に四回対称性を持つと予想されます.その物質系でも反強磁性相から離れたスピンゆらぎが弱いとされる超伝導の小さな対称性まで捉えなければスピンゆらぎと超伝導についての相関を系統的な議論をすることはできないため,非常に精度の高い絶対値熱容量の測定ができる熱量計が求められます.

今回は,上記のような非常に小さな電子比熱の準粒子励起における角度依存性を捉えるために,精密磁場方向制御下での高精度絶対値熱容量測定に向けた装置改良および測定精度の評価を行いました.

緩和型熱量計による熱容量測定の場合,絶対値の精度向上にはステージなどのバックグラウンドの削減が非常に重要となります.昨年報告した熱量計に比べ,ステージの固定に使用するSUS304線の径を30 μmから20 μmに,小さな温度計の使用およびステージの大幅な縮小を施す事でバックグラウンド熱容量を削減しました.Fig.1に昨年度の熱量計とのバックグラウンド熱容量比較をした結果を示します.低温での磁場に依存する部分の寄与が約30%に,バックグラウンドの熱容量は約50%になり,非常に大きな改善が見られました.また,水平性についてはFig.2でκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の伝導層に垂直な成分の磁場による超伝導の準粒子励起によってステージの水平性を評価しました.磁場に対して約±2 °以内の範囲で制御でき,面に垂直な成分の磁場による超伝導準粒子励起の抑制ができていることがわかります.この熱量計でκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の角度分解熱容量測定を行った結果,前回測定の結果に比べ二回対称成分が約18%になり,試料不整列による熱容量の二回対称性成分を抑えられていることが確認され,また電子比熱の角度依存性のS/N比が大きく改善され,電子由来である面内異方性検出が可能な装置であることが確認されました.実際にκ-ET2Cu(NCS)2で四回対称性の寄与は見出されています.

今後は機械制御による試料の面内回転機構によって角度分解能の向上および一定温度での連続角度回転測定が可能な装置開発を行う予定です.これによりアニオンを変えた種々の有機超伝導体で精密角度分解熱容量測定し,面内異方性・対称性について系統的な議論を展開する事で超伝導の発現機構をいくつかの試料に対して系統的に考察して行きたいと思っています.

(今城 周作,福岡 脩平,中澤 康浩)

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