装置の整備 3

チップを用いた微弱な熱異常の高感度検出

Photo. 1 Photo.1 (Color online) A photo picture of XEN-39393. (a) The sensor part is shown in extended picture. (b)

Fig. 1 Fig.1 (Color online) Temperature dependence of the heat capacity of κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br obtained by use of XEN-39390. A glass transition temperature increased with an increase of the modulation frequency.

Fig. 2 Fig.2 (Color online) Temperature dependence of the heat capacity of κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br under 25 Hz obtained by use of XEN-39393.

分子性導体はドナーやアクセプターとしてふるまう分子とその対イオンから形成されます.個々の分子の形状や結晶格子が分子集合体としての電子物性に大きく反映されるのが特徴で,超伝導をはじめ様々な物性を発現することで知られています.物性の発現機構を理解することは目的の性質をもった物質の合成につながりますが,機構の解明のためには物性を定性的・定量的に調べられる熱測定が必要不可欠な手段といえるでしょう.近年,新規開拓や体系的研究のために様々な分子を組み合わせた物質が合成されていますが,分子性導体は溶液中から電解合成で得られるため大きさ・形の制御は困難で大きくても一片でμg以下の極微結晶となることも少なくありません.選択的な合成が困難な物質では微結晶の総試料量を確保することも困難になりえます。このような物質が研究対象のときは十分な質量が要求される熱測定は不適です.そこで物性研究の展開には微小試料に対する熱測定技術が必要になってきます.

本レポート(2010年度 研究紹介19)において報告したように我々は以前よりTCG-3880というチップを用いて微小単結晶の熱測定を行っており,測定技術の確立を進めてきました.チップはSiN製の薄膜とその周囲に存在する熱浴の役割を担うSi製のフレームで構成されています.薄膜の中心にはヒーターと熱電対のホットジャンクションが設置されており,ヒーターの交流加熱による熱振動をフレーム部のコールドジャンクションとの温度差の振幅としてとらえることによって交流法による熱容量測定が可能になります.この測定ではバックグランドの影響を低下させ,精度の高い温度振幅を捉えていくことが大切です.そこで今回はヒーターや熱電対が小型化された2種類のチップXEN-39390,XEN-39393(Xensor Integration社製,Photo.1)に注目しました。これらはセンサー部分の小型化に伴いバックグランドの減少が期待されます.主に熱電対数で差別化が図られ,39390は6対,39393は1対搭載されています.熱電対の小型化はバックグランドの低下をもたらす一方,起電力の低下にもつながります。そこで今回はこの2種類のチップを用いて熱測定を行いその性能を評価しました.

実験ではκ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brを測定試料として選びました.この物質はチップを用いた測定例があるので性能の相対的評価に適しています.11.5 K付近の超伝導転移及び100 K付近の末端エチレン基の配座凍結に伴うガラス転移に注目し,2つの温度領域の熱異常検出を試みました.ホットジャンクション及びヒーターで構成されるセンサー部分の大きさが試料の大きさの目安になり,これが測定の感度にも直接影響してくるため試料は大きさに注意して選択する必要があります.XEN-39390を用いた測定では約0.1 μgの単結晶を微量のApiezon Nグリースを用いてチップに貼り付け,試料を一定の速度で温度変化させながら直流電流のオンオフによって生じさせた矩形波を用いて交流熱容量を測定しました.Fig.1にガラス転移の検出の結果を示しました.ここでは周波数の増加に伴い転移点が高温側にシフトしていくというガラス転移に特徴的な挙動を検出することに成功しました.TCG-3880に比べて測定周波数領域は若干高く8 Hz~25 Hzでした.次に熱電対数を減らしてさらに小型化したXEN-39393を使用し,より小さい試料(数ng)を用いて同じ手法で測定をしました.Fig.2 に25 Hzにおけるガラス転移の検出結果を示しています.このチップでも20 Hz付近での測定が可能でしたが,感度が落ちているように思えます.センサー部分が小さすぎてバックグランドに比較して試料の面積が小さくなってしまったためと思われます.25 Hzにおいて2つのチップで検出した転移点は若干異なりますが,ガラス転位点は物質の温度変化の速度にも依存するためです.本質的な測定周波数領域はさらに広い可能性はありますが,高周波になるにつれて信号が小さくなるため効果的に信号を増加していかなければならず測定は困難でした.TCG-3880と比較して測定試料は20 %くらいですが,どちらのチップにおいても転移を検出することができ,高感度な測定ができたといえます.しかし微小サイズのものは約20 K以下の低温領域では感度が著しく低下して超伝導転移を検出することはできませんでした.今後は低温領域における測定の可能性を調べていきたいと思います.

(福岡脩平,堀江裕樹,中澤康浩)

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