日本液晶学会功績賞を受賞して

日本液晶学会から,思いもかけず功績賞をいただく栄誉に浴し,9月初旬に大阪大学豊中キャンパスで開催された2013年日本液晶学会討論会の総会で,受賞の晴れがましい舞台に立たせていただいた.「液晶性化合物の分子熱力学的研究に対する貢献」が受賞理由である.若い世代の方の受賞が望ましいと思ったが,分子熱力学的研究の長年の評価ということなので,ありがたくお受けすることにした.液晶学会の賞選考委員会が,熱測定の重要性を高く評価されたことに,敬意を表したい.

私は分子の凝集状態の面白さに惹かれ,KelkerとScheurleが室温液晶MBBAを1969年に発表する以前から液晶の熱力学的研究を始めた.液晶研究の多くは液晶状態が出現する温度領域で行なわれているが,液晶状態の出現を支配しているのは絶対零度からの履歴を反映した状態量としての熱力学的諸量であることに注目し,液晶発現温度とはかけ離れた極低温からの熱容量測定を一貫して心掛け,液晶性化合物の分子熱力学的研究に従事してきた.液晶研究を始めて最初に書いた1973年のガラス性液晶の発見に関する論文が,インドのバンガロールにあるラマン研究所のChandrasekhar教授の目にとまり,1973年12月に開催されたラマン研究所創立25周年記念・液晶国際会議に招待された.液晶研究を始めたばかりで液晶分野ではまだ実績が無かった私の最初の論文を,Chandrasekhar教授が高く評価してくださったことは,大変光栄なことであった.ちなみにこの国際会議に日本から招待されたのは,当時理研におられ液晶ディスプレイの研究をされておられた小林駿介先生と私の二人だけであった.

ガラス性液晶に続いてディスコチック液晶・リエントラント液晶・反強誘電性液晶・金属錯体液晶・キュービック液晶・リオトロピック液晶の研究を行なった.キュービック液晶の研究では,東京都立大学から私どもの研究室に助教授として赴任された齋藤一弥さん(現 筑波大学教授)が見事な展開をされた.齋藤さんと共著の総説「光学的に等方性である珍しいサーモトロピック液晶の熱力学」が,2002年度の日本液晶学会論文賞に選ばれた.

液晶研究の組織化には恩師の関 集三先生もご尽力され,1975年に第1回液晶討論会が九州大学で開催された.当時私は西ドイツに留学中だったので参加していないが,関研究室からは「液晶性化合物HBABの液晶相の熱容量(阪大理)辻 一弘・菅 宏・関 集三」の発表がなされた.わが国の液晶研究と液晶産業の交流強化をはかるため1997年に日本液晶学会が設立され,討論会の名称も液晶学会討論会となった.ソニー中央研究所所長の山田敏之氏と私が初代の監事に選ばれた.私が液晶研究を始めた当時は,テレビ・パソコン・携帯電話などのカラー表示素子への応用などは夢物語であった.私共の液晶研究は基礎分野だったので,これらの応用に直接的に関与することは無かったが,討論会などを通して液晶が着実に応用化されてゆく過程を間近に見ることができたのは,素晴らしいことであった.

1973年のラマン研究所での液晶国際会議がご縁で始まったポーランド科学アカデミーのJanik教授との交流がきっかけで,1999年に政府間協定によるポーランド日本科学技術共同研究プロジェクトが採択され,液晶に関する共同研究が本センターとクラクフ核物理研究所との間で今日も活発に行なわれている.

今回の受賞は国の内外の研究者や学生さんとの共同研究の賜物である.個々のお名前を列挙することは割愛させていただくが,この場を借りて深く感謝申し上げたい.液晶の研究を始めた当初から,高く評価してくださった故Chandrasekhar教授に敬意を表したい.

(名誉教授 徂徠道夫)


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