研究紹介 3

プロトン移動錯体6,6'-DMBP CLAの
熱容量と相転移

Fig. 1
Fig. 1. (Color online) (a) Molecular structure of 6,6'-dimethyl-2,2'-bipyridine (6,6'-DMBP) and chloranilic acid (CLA). (b) Crystal structure of 6,6'-DMBP CLA along a axis.

Fig. 2
Fig. 2. (Color online) (a) Heat capacity of as-received sample. A first-order phase transition was observed at 376.0 K. (b) Heat capacity of sample which experienced the first-order phase transition once. A second-order phase transition appeared at 202.7 K and the first-order phase transition at 376.0 K shifted to 372.7 K.

π共役系有機分子において,プロトン供与体とプロトン受容体がカップリングした,いわゆるプロトン移動錯体は,電荷の移動も伴って電荷移動錯体の性質を示す場合があります.電子状態は光照射,温度変化や圧力印加による分子構造の変化に応答して変化しますから,この型の有機化合物の物性を調べることは大変興味深いものです.プロトン受容体である6,6'-ジメチル-2,2'-ビピリジン(6,6'-DMBP)とプロトン供与体であるクロラニル酸(CLA)から合成されるプロトン移動錯体6,6'-DMBP CLAはこの型に当てはまる物質の一つです(Fig. 1).Batorらによれば,6,6'-DMBP CLAは320 Kにおいて反強誘電−常誘電転移を起こすことが知られています(J. Chem. Phys. 135, 044509 (2011)).今回,私たちは断熱法による熱容量測定から6,6'-DMBP CLAの相挙動などの熱物性を詳しく調べました.

実験には,共同研究者であるポーランド・ヴロツワフ大学のBator教授のグループから提供された試料を使用しました.熱容量測定は6 − 300 Kの温度範囲で行いました.Fig. 2に測定結果を示します.最初の測定では,320 K付近に相転移による熱異常は見られす,376.0 Kに一次相転移が観測されました(Fig. 2(a)).また,350 K以上で大きな発熱現象も見られました.この相転移の転移エンタルピー・エントロピーはそれぞれ2.118 kJ mol−1,5.628 J K−1 mol−1となり,Rln2(= 5.763 J K−1 mol−1)に近い転移エントロピーの値から,観測された一次相転移は秩序―無秩序型相転移と言えそうですが,かなり高温領域での相転移現象なので,変位型相転移の可能性もあります.ところが,一度この相転移を経験した後の測定では,相転移温度が372.7 Kと若干低くなりました(Fig. 2(b)).転移エンタルピー・エントロピーはそれぞれ1.953 kJ mol−1,5.237 J K−1 mol−1となり,最初のとさほど違いは見られませんでした.また,最初のシリーズほど大きくはなかったものの,350 K以上で発熱がありました.さらに驚くべきは,202.7 Kに新たに二次相転移が見出されたことです.転移エンタルピー・エントロピーはそれぞれ1.530 kJ mol−1,7.995 J K−1 mol−1で,Rln3(= 9.134 J K−1 mol−1)に近い転移エントロピーから,明らかにこの相転移は秩序―無秩序型です.最初のシリーズとその後のシリーズのギブズエネルギーを比べたところ,390 Kで最初のシリーズの方が幾分小さくなりました.

以上のことから,最初の試料は準安定相にあり,一次相転移より高温で安定相への安定化が起こったものと思われます.2回目以降の測定でも見られた発熱は,おそらく試料の一部(元素分析結果には反映されないくらいの量ですが)が分解したために生じたものでしょう.いずれにしろ,これらの相転移の起源を解明するために,今後誘電率測定などの他の物性測定を行わなければならないでしょう.

(東 信晃,P. M. Zieliński,宮崎裕司)

発表

N. Azuma, Y. Miyazaki, P. M. Zieliński, T. Wasiutyński, G, Bator, and R. Jakubas, the 5th International Symposium on the New Frontiers of Thermal Studies of Materials (Yokohama), p-31 (2013).

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