研究紹介 4

シリコンゴムの力学熱量効果とガラス転移

Fig. 1
Fig. 1 Thermocouple output signals arising from the mechano-caloric response of silicone rubber and natural (isoprene) rubber to elongation and contraction at 301 K. The elongation ratio was ca. 4 and temperature changes about 1 K with the thermocouple sensitivity of 61.6 μV/K.

Fig. 2
Fig. 2.Specific heat capacity of silicone rubber for temperatures between 5 and 350 K showing the glass transition and fusion.

photo 1
Photo 1. The silicone rubber sample under the mechano-caloric measurement. The length scale is shown by the centimeter ruler.

シリコンゴムはポリジメチルシロキサンを主体とするエラストマーで,(Si(CH3)2-O-)nと表わされます.様々な形で製品化されていて,適切な厚みのシートが入手できるので,力学熱量効果の測定がうまくできそうな物質です.本稿ではその実験を紹介します. まず力学熱量効果とは何かですが,固体の熱力学には圧電現象(力を加えると電気分極が現れる)や,磁気熱量効果(磁場をかけると発熱吸熱する)のように,いわば外場に対して斜めに関係する応答があります.力学熱量効果はその一つで,力を加えると温度が変化するという現象です.物体を変形させると,粘弾性等の効果で不可逆変化も起こり,それによっても温度が上がるのですが,力学熱量効果はそれとは別の現象で,可逆変化です.従って温度が下がる変化も起こり得ます.

系の応答は断熱的にも等温的にも測定できますが,ここでは熱の出入りが起こる前に速やかに測定するので,断熱変化であり,もしそれが準静的に起これば等エントロピー変化となります.伸縮によって「準静的変化」が実現できそうだという点でも面白い現象です. ゴムの長さの断熱変化は次式で表わされます.    (1) ここでLはゴム紐の長さ, (∂S/∂L)Tは一定長さにおけるゴム紐の熱容量,STは通常通りの意味です.熱容量(∂S/∂L)Tは常に正ですから, の正負に従って,(1)式は負あるいは正となります.ゴム高分子鎖の立体配座の無秩序性がエントロピーを担っています.ゴムを引き伸ばすと,全体が長くならねばならないので,鎖状高分子のとりうる形態の数が減り,それだけエントロピーが減少します.即ち は負の量です.従って(1)式は正で,ゴムを引き伸ばすと温度が上昇することを表わします.図1に2種のゴムテープ(シリコンゴムと天然ゴム)を伸縮させたときの温度変化を示します.これは2本の試料ゴムテープを重ね,その間に挟んだ熱電対で測定しました.どちらもおよそ4倍の長さに伸ばし,しばらくその長さに保った後,収縮させました.引き伸ばすと約1Kだけ温度が上がり,収縮時にほぼ同じだけ温度が下がります.これが力学熱量効果です.

ゴム状態特有の無秩序性は低温でどうなるのだろうという点は興味深いところです.図2にシリコンゴムの比熱容量をプロットしました.常温ではシリコンゴムは液体のように無定形ですが,分子間がところ々で架橋されているので,流動性を持ちません.235Kより下の温度では大部分が結晶となり,図2でこの温度にある熱容量のピークはその融解によるものです.145Kに生じる小さい変化はガラス転移で,235Kで結晶化しなかった部分(非晶質部分)がこの温度以下でガラス化することを示しています.図にみられるとおりガラス転移で生じる熱容量の変化は小さく,また試料の熱履歴にあまりよらないことがこの測定で解りました.

図1でシリコンゴムの温度上昇ピークが秒の時間スケールで鋭くとがっているに対して,天然ゴムのピークは滑らかです.ゴムが熱を伝えにくいことを考えると,滑らかな温度変化のほうが自然だと考えたくなりますが,これが力学熱量効果の特異なところで,原理的に鋭い温度変化が起こります.理由は伸縮するゴム材料のすべてのところで均一に熱が発生し,また吸収されることです.ゴム自身の温度が変化するので,熱電対は速やかに追随し,ゴムの温度変化を忠実に反映します.ゴムを通して何かの温度を測るのでないところが要点です.ならば,天然ゴムの温度上昇が尖らないのはなぜか? それは結晶化の効果であろうと考えています.天然ゴムはある程度伸長させると結晶化することが知られています.結晶化は核生成と結晶成長によって進みますが,どちらも時間のかかる過程で,伸長に即答しません.力学熱量効果は瞬時に応答しますが,結晶化(結晶化熱が出ます)は少し遅れて起こり,そのためにピークが鈍化するのだと理解できます.伸長率が小さい領域では結晶化が起こらないので,天然ゴムの発熱ピークも鋭く尖るはずですが,実際そのようになっています.

さて,式(1)を書きなおして積分すると,次式(2)が得られます. この式の左辺はゴムを等温的に状態1から2に引き伸ばすときにゴムから失われるエントロピーを表わします.右辺の積分は今回の実験から近似的に評価できます.高分子鎖のエントロピーは伸長率の関数として理論的に計算されており,理論と実験の比較から架橋点間に平均として190の可動セグメントがあることが導かれました.

謝辞 実験と理論の面で中澤康浩先生・山下智史先生と佐藤尚弘先生にご教示いただきました.お礼を申し上げます.

(松尾隆祐,稲葉 章)

発表

日本物理学会秋季大会 2013/9/25−28 徳島大学.松尾隆祐,稲葉 章25aKP-6.
Matsuo et al. (2013), J Therm Anal Calorim, 113, 1555(2013).

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