研究紹介 7

グラファイト表面に吸着した
10,12-pentacosadiyn-1-ol分子吸着層の
多形構造に依存した重合反応のSTMによる研究

Fig. 1 Fig. 1. Schematic representation of the packing of diacetylene monomers and the topochemical polymerization (R: distance between reacting atoms)

Fig. 2 Fig. 2. Molecular structure of PCDYol.

Fig. 3 Fig. 3. Models of the molecular arrangements of herringbone (left) and parallel (right) structures on the HOPG surface.

Fig. 4 Fig. 4. STM image of the adjacent domains of the herringbone and parallel structures physisorbed on graphite. The schematic overlays show models of the molecular arrangements.

Fig. 5 Fig. 5. STM image of the polydiacetylenes arising as bright lines (suggested by black arrowheads) obtained after the UV irradiation. The polymers are generated in domains of both parallel (P) and herringbone (H) arrangements.

一般に,重合のプロセスがモノマーの結晶格子に支配され,生成するポリマーの結晶構造が初めのモノマーの結晶構造と一義的に関係づけられるような重合をトポケミカル重合と呼びます.その最も典型的な例として,ジアセチレン(DA)化合物のものが知られています.これらは,結晶中におけるモノマーの配列が適切な位置関係にあるときのみ固相で重合し,高度に配向した結晶性のポリジアセチレン(PDA)を生成します.さらに,PDAは,全共役系の主鎖構造をもつ剛直な棒状分子であるため,機能性分子デバイスの材料としても注目されてきました.とくに、60∼80年代にかけて,そのバルク固相についての研究が盛んに行なわれてきましたが,実験手法が限られていたこともあり、2次元吸着固相についての知見は少ないままでした.近年,STMが発明され,DA化合物2次元吸着固相の実空間での局所構造解析が可能となりましたが,そのトポケミカル重合反応機構の解明に不可欠なモノマーの結晶構造と反応性の間の関係についての知見はほとんど得られていません.3次元固相では,主に,モノマー種を変えることで結晶内のDA基間のジオメトリーを変化させ「隣接モノマー上のDA基の炭素間距離R(Fig.1中,丸で囲い強調)が0.4 nmより近くなければPDAを生じない」という反応の基準が見出されました(V. Enkelmann et al., Mol. Cryst. Liq. Cryst. 105, 11 (1984)).ところが,2次元吸着固相では,高秩序配列したもの(結晶)が得られるモノマー種が限られているため,STMが発明された後も,その反応の基準が未解明のままでした.

そこで,本研究では,大阪大学産業科学研究所の須藤孝一准教授と共同で,すでに高秩序配列を形成することが明らかとなっているモノマー種の多形構造を創出することで,結晶内のモノマーのジオメトリーを変化させ,2次元吸着固相の結晶構造と反応性との間の関係の解明を試みました.2次元吸着相を得る上でよく用いられる溶液滴下法や真空蒸着法により,末端に水酸基をもつDAモノマー10,12-pentacosadiyn-1-ol (PCDYol; Fig. 2) をグラファイト表面に吸着させると,隣り合う分子鎖のなす角が180°となるparallel配列(P)(Fig. 3(右))の2次元吸着固相が得られます.ところが,水上に展開したPCDYolを移し取る方法では,隣り合う分子鎖のなす角が120°となるherringbone配列(H)(Fig. 3(左))とparallel配列(P)のドメインが共存する2次元吸着層がグラファイト表面上に得られることを大気中STM観察(室温)により明らかにしました(Fig. 4).つづいて, STMにより,紫外線照射後に生成したポリマーを観察したところ(Fig. 5),照射時間に対して、HとPのドメインにおいてともに,単調に増加しました.ところで,HではRが0.58 nmであり,3次元における反応の基準(0.4 nm以下でなければ反応しない)に反して重合反応が誘起されます.このことから,2次元においては,3次元とは異なる表面特有の固相反応機構があることが強く示唆されました.これは,トポケミカル重合のみならず,トポケミカル反応一般の基準0.4 nmの壁を越えた世界初の例です.

(高城大輔,須藤孝一)

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