分子熱力学研究センターを離れるにあたって

齋藤一弥

1995年12月,センター長であられた徂徠道夫先生からの突然のお誘いにより, 私は現センターの前身であるミクロ熱研究センターに赴任し, 今年の3月末まで8年4ヶ月をセンターで過ごしました. 当時,私は東京都立大学理学部化学科の池本勲教授の研究室で助手をしていました. 池本先生の仕事の中心は有機超伝導体の開発だったのですが, 先生は大学院生の山村泰久さんとともに特別推進研究の研究費の一部を使って断熱型熱量計を作ることを許してくださいました. その熱量計が完成し,私自身が大学院生時代から考えていたテーマでの研究も始めたばかりでしたから, まさか,センターに赴任することになろうとは思いもしていませんでした. 幸い,出身が大阪であったことも手伝って, 山村さんは東京都立大学の大学院後期課程に在学のまま大阪大学へとついてきてくれました. 1996年夏のIUPAC化学熱力学国際会議(ICCT-96)のお世話をする傍ら, あわてて熱量計を立ち上げて,彼の学位論文に間に合わせ, 翌年は日本学術振興会の研究員となった彼とともに光照射交流法熱容量測定装置を作りました. この後,山村さんは北陸先端大学院大学に職を得てセンターを去られましたが, この装置は,非常勤研究員として一緒に仕事をした圷広樹さん(現:兵庫県立大学), 佐藤あかねさん(現:東京大学)がフル稼働させ, 有機伝導体における金属−絶縁体転移の熱力学的測定や有機超伝導体のガラス転移の発見などに無くてはならないものとなりました. そのうちに,分子科学研究所から中澤康浩さん(現:東京工業大学)も赴任してこられましたので, いろいろ教えてもらいながら電子物性がらみの研究を進めることになりました. その一方で,徂徠先生が少し前に始められた光学的等方性液晶の研究のお手伝いもさせていただきました. ずいぶんと勉強になりました.何にもまして在任中,自由に研究をさせていただけたことは幸せなことでした.

昨春,徂徠先生と松尾先生が定年退官され,徂徠先生の後任に稲葉章先生が着任されました. 新しい研究体制を一刻も早く確立できるようポストを空けることが私にできる最大の務めだと考えておりましたところ, 幸いなことに今春より筑波大学大学院数理物質科学研究科に赴任することとなりました. 8月には山村泰久さんが北陸先端科学技術大学院大学の辻利秀先生の下より助手として赴任し, 現在は,来春の卒業研究生の配属に向けて実験装置の整備などに当たっています. 研究グループを率いるようになったからには, センターの良きライバルとして認めていただけるようになりたいと決意を新たにしています.

ところで,私自身は直接お世話になっていた阿竹徹先生の東京工業大学への異動にともなって, 博士後期課程の1年間を阪大に在籍のまま東京工業大学に居候して過ごしました. それまでと違う研究・勉学環境で大いに刺激を受けました.さて,歴史は繰り返すということでしょうか. 今回の異動でも前回(東京都立大学から大阪大学)の山村さんに続き, 博士後期課程の池内賢朗さんがついてきてくれました.彼はこれまで自宅から大学に通っていましたから, 大変な決断だったことと思います.その決意を忘れずにがんばってほしいと思います.

  最後になりましたが, 徂徠道夫先生をはじめとする教職員および学生・院生のみなさんには公私ともに大変お世話になりました. 心よりお礼を申し上げます.センターのますますのご発展をお祈りしております.

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.