Fig. 1. Schematic illustration of the structure of (a) 1/1 and (b) 2/1 cubic approximants for
In-Ag-Yb alloy system.
準結晶は,古典的な結晶学では許されない5,8,10,12回対称などの回折パターンを示す物質の普遍的な凝集状態の一つです.3次元的な周期性を持たないため, その物性は近似結晶と呼ばれる局所構造が準結晶と同じと考えられる周期結晶との比較により研究されて来ました. 近似結晶とは理論的には, 高次元で表された理想準結晶構造に直交補空間方向に歪みを加えて得られる無限の結晶系列のことです. 近似結晶の格子定数を準結晶の高次元での格子定数と黄金比τ(≈1.618)の近似有理数を用いて対応させることができるためにそう呼ばれます. 過去に研究されてきた近似結晶の多くは,対応する準結晶から組成が大きく外れていたり, 余分な元素を添加する必要があったりと, 現在的な視点から見ると近似結晶というよりもむしろ関連結晶といった方が適当なものが少なくありませんでした.この点では, 本レポート No.24で紹介したCd-CaおよびCd-Ybの2元合金系は準結晶と近似結晶の組成が極めて近く, 状態図上でまさに隣り合わせに存在する例でした. ここでは3元合金ながらCd 系準結晶と基本的に同型構造をもつと考えられ, 同じく準結晶と近似結晶の組成が極めて近く, さらに1/1近似結晶のみならず2/1近似結晶も容易に得られるIn-Ag-Yb 合金系の熱容量測定の結果を紹介します.
Fig. 2. Heat capacities of an In-Ag-Yb quasicrystal and its 1/1 and 2/1 cubic approximants. The
curves for 1/1 and 2/1 approximant crystals are shifted upward by 4 and 8 J K−2 mol−1, respectively.
準結晶試料の組成は In0.42Ag0.42Yb0.16で, 対応する1/1および2/1近似結晶試料の組成はそれぞれ In0.43Ag0.43Yb0.14および In0.43Ag0.42Yb0.15です. 1/1および 2/1近似結晶の構造は,Cd 系近似結晶からの類推でFig. 1に示す菱型30面体クラスターの周期配列として理解されます. 熱容量測定の結果をFig. 2に示します. 断熱法による測定(5 − 310 K)に加え,緩和法による測定(0.4 − 20 K)を行いました. これら準結晶と近似結晶の熱容量は,組成が極めて近いことを反映してほぼ同一曲線上に載ります. 面白いことに, Cd 系の1/1近似結晶で見られた100 K近傍でのCd4クラスターの秩序−無秩序によると考えられる構造相転移に対応するものは, この合金系では観測されません.2/1近似結晶にも何ら相転移らしきものは観測されませんでした. 3元合金では原子位置の無秩序だけでなく,ケミカルディスオーダーが問題となります. このケミカルディスオーダーが 1/1近似結晶での構造相転移を抑制していると考えられます. In-Ag-Yb 合金系近似結晶のX線結晶構造解析は試みられていますが,基本構造はCd 系近似結晶と同じながら, Inと Agが原子番号で2つしか違わないこと, 原子位置に乱れがあることなどから構造の詳細を決定するところまでは至っていません.
つぎに,低温領域の熱容量から Sommerfeld parameter γを準結晶および 2/1近似結晶について評価しました. フィッティングには C=γT+βT 3と格子振動の高次のT 5 項を考慮したものを用いました. 得られたγTは準結晶および 2/1近似結晶についてそれぞれ 0.87 mJ K−2 mol−1 および 0.90 mJ K−2 mol−1 です. 1/1近似結晶については, 痕跡程度の不純物としてYbO1.5 の反強磁性転移が約2.4 Kに重なって観測されたため,正確な見積もりはできませんでしたが, 上の二つのγ と同程度であると思われます. Cd 系準結晶ではその 1/1近似結晶のγとの比較から, 準結晶の準結晶のγ が1/1近似結晶のそれよりも約7分の1位に小さいという報告があります. そしてフェルミ面近傍での状態密度はCd 系準結晶では近似結晶に比べて小さく, 準結晶ではいわゆる擬ギャップ構造が形成されHume-Rothery の法則により構造が安定化されていると議論されています. 今回 In-Ag-Yb 合金系で得られた結果は,準結晶, 近似結晶ともに同程度のγ を示します. その値は組成の大部分を占めるInと Agのほぼ中間の値です. 最近のわれわれの研究では, Cd 合金系においても準結晶と近似結晶のγ は同程度の大きさであることがわかっています.
準結晶と近似結晶が同じ局所構造を持つならば, その構造の安定化の機構も同様であるべきで, 近似結晶もまたHume-Rothery の法則に則った構造と考えられるでしょう. 実際,Cd 系近似結晶でのバンド計算の結果は擬ギャップの存在を示しています. しかしながら最大の謎は,一方は準周期構造を示し,他方は周期構造を示すという点です. 準結晶は鋭いブラッグ反射を示すことから高い秩序をもつ構造と考えられてきました. しかし最近の研究では,近似結晶には乱れがあることがわかっています. 準結晶もまた同様に,乱れを内在した構造であることがわかってきました. このことは準周期構造という凝集状態を理解するためには, 準周期長距離秩序とそれからの乱れに着目した系統的な研究が必要であることを示しています.
Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.