Fig. 1. Structure of Mn12 cluster in
[Mn12O12(O2CPh)16(H2O)4].
[Mn12O12(O2CPh)16(H2O)4]•2MeCO2H•H2O に代表されるMn12クラスター錯体は, 1分子単独で強磁性を示すという非常に特異な性質を示すことが知られています. このような磁性体は「単分子磁性体」と呼ばれており,新しい磁気メモリーの1候補 として近年盛んに研究されています.
Fig. 2. Potentials of ground spin state of
[Mn12O12(O2CPh)16(H2O)4] at
B = 0 (left) and B =
D/gμB (right).
標題のMn12クラスター錯体(Mn12Ph)も単分子磁性体の1つで, Fig. 1 に示すような強磁性的に相互作用した4個のMn(IV) (S = 3/2)からなるキュバン状の内部クラスターの周りに同じく強磁性相互作用した8個の Mn(III) (S = 2)からなる外部リングが結合した基本構造をとっています. 両者の間には強い反強磁性的相互作用が働いているため, 基底状態のスピン量子数はS = 10 と なっています.さらに8個の Mn(III) に基づくヤーン・テラー歪みにより, このクラスターには1軸性の強い磁気異方性が生じます. それゆえ,この系はイジング的となり, スピンハミルトニアンおよびエネルギー準位は,それぞれ次式のように書き表されます.
H = DSz2 − gμBB•S | (1) |
Em = Dm2 − gμBBm | (2) |
ここでDは1軸性零磁場分裂定数, S および Sz はスピン演算子およびその z 成分, g は磁気回転比,μB はボーア磁子, B は外部磁場,m はスピン磁気量子数です. もし D が負ならば, Fig. 2 のように21重縮重したS = 10 のスピン基底状態は1個の1重項と10個の2重項に分裂し, m = ±10 が最低エネルギー状態となります. H が D/gμB の整数倍の時,いわゆる「量子トンネリング」が起こり, 磁化が反転できるようになります.Mn12Ph 錯体についてはこれまでに磁気測定が行われており, g = 1.93,D = − 0.50 cm−1 という値が得られています (R. Sessoli et al., J. Am. Chem. Soc. 115, 1804 (1993)).
私たちは Mn12Ph 錯体の単分子磁性体としての特異な磁気的性質を詳しく調べる目的で, 零磁場での熱容量測定を断熱型熱量計で, 磁場中での熱容量測定を Quantum Design 社製の緩和型熱量計PPMS6000 で行いました. 特に今回は熱容量の磁場強度依存性ばかりでなく,磁場方向依存性についても調べるため, 粉末結晶だけでなく単結晶による測定も行いました.
Fig. 3. Heat capacities of
[Mn12O12(O2CPh)16(H2O)4] powder
crystals (a) and single crystals under magnetic fields parallel to the easy axis (b) and
perpendicular to the easy axis (c).
断熱法による熱容量(粉末結晶,零磁場)には,特に熱異常は見られませんでした. 緩和法による熱容量の測定結果を Fig. 3 に示します. 粉末結晶 (a) および単結晶で磁化容易軸に平行に磁場をかけた場合 (b) では, 1 T 以下の磁場での熱容量に,磁化の反転が凍結する現象である磁化のブロッキングが 4 K 付近 (「ブロッキング温度」と呼ばれます)で観測されました. しかし,単結晶で磁化容易軸に垂直に磁場をかけた場合 (c)では, 同磁場・同温度に磁化のブロッキングによる熱異常は見出されませんでした. ところが,より高い磁場の 2 T から3.5 T の間で磁化のブロッキングに似た熱異常が約 3 K で観測され, しかも磁場強度の増加と共にその温度が降下しました.
Fig. 4. Heat capacities of
[Mn12O12(O2CPh)16(H2O)4] single
crystal at 0 T (filled circles) and 0.6 T (open circles) parallel to the easy axis. Dotted and dashed curves stand for
the Schottky heat capacities arising from the energy scheme given by Eq. (1) with
B = 0.6 T when the conversion between spin-up and spin-down may not and may
be allowed, respectively. Thin solid acurve implies the difference between these two Schottky heat
capacities. Thick solid curve is the sum of the heat capacity measured at 0 T and the Schottky
difference.
Fig. 4 に,g = 1.93,D = − 0.50 cm−1 の値から量子トンネリングが予想される 0.6 T の磁化容易軸に平行な磁場での単結晶の熱容量を示します. ブロッキング温度である 4 K 付近に見られる熱容量ジャンプを量子トンネリングが起こる時と起こらない時のスピンのショットキー熱容量の差に零磁場での熱容量を加えた値と比較したところ, 両者はほぼ一致しました.このことは量子トンネリング機構の妥当性を示唆しています. 今後は磁化容易軸に垂直に磁場をかけた単結晶の熱容量に見られる熱異常を理論的に説明するため, この条件下での(1)式のスピンハミルトニアンを用いて計算する予定です.なお, この研究は本学工学研究科の中野元裕博士との共同研究です.
Y. Miyazaki, T. Nakamoto, M. Nakano, K. Saito, A. Inaba, The 18th IUPAC International Conference on Chemical Thermodynamics (Beijing, China), 07-P-04 (2004).
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