Fig. 1. Molecular structure of
Fe[C(SiMe3)3]2.
通常,鉄(II)錯体は6配位なのですが,今回紹介する高スピン鉄(II)錯体 Fe[C(SiMe3)3]2 は, 直線2配位という非常に珍しい構造をとります(Fig. 1). D∞h という分子の局所対称性(全体としては D3d 対称)から, 基底状態は軌道2重項が10重縮重した 5Δg となります. これまでに構造解析やいろいろな物性測定が行われていますが, 特に興味深い点として,4.2 K でのメスバウアー分光測定結果が, 常磁性であるにもかかわらず, 大きな軌道の寄与から来る 152 T という非常に大きな内部磁場の存在を示す点と, 1.85 K における磁化測定結果が, あたかも S = 3 のスピンのみの寄与による飽和磁化を示すという点です (W. M. Reiff et al., J. Am. Chem. Soc. 126, 10206 (2004)).
Fig. 2. Heat capacities of
Fe[C(SiMe3)3]2
by adiabatic (a) and relaxation (b) methods. Solid curve in (b) represents normal heat capacity.
このような珍しい鉄錯体の磁気的性質を明らかにする目的で, ノースイースタン大学の Reiff 教授との共同研究により, 断熱法と緩和法による熱容量測定を行いました.緩和法による測定では,磁場中での測定も行いました. 断熱法による測定は,研究室既設の装置を用いて,80.17 mg の試料量で行いました.また, 緩和法による測定は,市販の装置(Quantum Design 社製,PPMS6000)を用いて, 1.5 mg の粉末結晶をペレットにした状態で行いました.
Fig. 2 に熱容量の測定結果を示します.断熱法による測定では, 100 K 付近に構造相転移と思われる小さな熱異常が観測されました.また,緩和法による測定では, 零磁場での熱容量には磁気相転移による熱異常は見出されませんでしたが,よく見ると, 10 K 付近にショットキー的ななだらかな熱異常が見られます.磁場をかけると,この熱異常以外に, 低温側に新たなショットキー的な熱異常が観測されるようになりました.
過剰熱容量を求めるために,零磁場での熱容量を, 正常熱容量を表すのによく用いられる温度の3次以上の奇数次の多項式と次式のハミルトニアンから計算されるショットキー熱容量にフィッティングさせることによって正常熱容量を決定し, 各磁場での全体の熱容量から差し引きました.
H = DSz2 − gμBB•Sz | (1) |
Fig. 3. Excess heat capacities of
Fe[C(SiMe3)3]2.
Solid curves indicate theoretical heat capacities calculated by Eq. (1) with
g = 3/2 and D =
−13.0 cm−1.
ここで D は1軸性零磁場分裂定数, Sz はスピン演算子の z 成分,g は磁気回転比, μB はボーア磁子, B は外部磁場です.フィッティングの結果, D の値は −13.0 cm−1 と求められました. また,得られた代表的な過剰熱容量を Fig. 3 に示します. 零磁場での過剰熱容量から過剰エンタルピーおよびエントロピーを求めたところ, それぞれ 242 J mol−1, 7.60 J K−1 mol−1 となりました. Fig. 3 からわかるように, 磁場中での過剰熱容量は,(1)式から計算されるショットキー熱容量とおおむね合っています. ここで,g は L = S = 2, J = 4 の時の値 3/2 を用いました. このことは,今回の鉄錯体に軌道の寄与があることを示唆しています.
Fig. 4. Heat capacity differences between heat capacities with and without magnetic field.
Fig. 4 は各磁場での熱容量から零磁場での熱容量を差し引いたものです. この図からわかることは,基底状態が2重縮重しており, 磁場によってゼーマン分裂して1:1のショットキー熱異常が観測されたということです. 実際の熱異常は理想的な1:1のショットキー熱異常に比べて高さが低く,ブロードになっています. これは実測値が粉末平均されていることによると思われます. 現在単結晶による磁場中での熱容量測定を行っており, 磁気的性質についてさらなる知見が得られるものと期待されます.
Y. Miyazaki, A. M. LaPointe, W. M. Reiff, M. Sorai, The IXth International Conference on Molecule-based Magnets (Tsukuba), PB-18 (2004).
Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.