The 16th International Conference
Horizons in Hydrogen Bond Research

表題の国際学会「水素結合研究の視野」が2005年8月末から9月はじめにかけてデンマークのロスキルデ大学で開かれた. ロスキルデ市はコペンハーゲンの西,電車で30分のところにあり,歴史的な地方都市である. この学会はヨーロッパ各地を開催地として1977年の第一回以来すでに30年近い歴史があるが,それ以前にも1950年代から不定期に行われてきた. 今回はP. E. Hansen教授の世話でロスキルデ大学生命科学・化学科,デンマーク化学会およびデンマーク自然・宇宙研究機構の援助の下に開催され,21ヶ国から130名の参加者があった. 国別参加者の多い方ではポーランド(36名),ドイツ(21名),デンマーク(18名),ロシア(17名)が目立った.小数派ではイギリス,ブラジル,日本,イスラエル,カナダ,オーストリア,リテュアニア,ベルギー,スロヴェニアから各1名の参加があった. 日本からの参加者一名は本稿の筆者である.

プログラムは水素結合のさまざまな側面を扱う7つのセッションからなっていた. 1. 水素結合系孤立錯体とクラスター,2. 有機液体,固体水素結合化合物と錯体, 3. 水素結合ネットワークからなる固体と液体,4. 界面における水素結合, 5. 水素結合を含む機能性およびナノ素材,6. 生体分子の機能性水素結合, 7. 励起状態の水素結合.1会場とポスターセッションのみの小規模な研究会で, 全員が全部のセッションを聴くようにつくられていたのはありがたかった. 招待講演には40分ないし50分,一般講演は20分の時間が与えられた. 招待講演15件,一般講演24件,ポスター88件であった.

以下は講演内容のごく簡単な,そして偏った紹介である. 単純な系では水,アルコールやアミン,酸などのなじみ深い水素結合形成物質の研究が報告され,赤外,ラマン,NMR,X線結晶学の実験とab initio量子化学計算,カー・パリネッロ分子動力学,モンテカルロの組み合わせが標準的な手法である. 分子振動モードをアニメで表示することがしばらく前から盛んに行われるようになった. 生体物質やたんぱく質の水素結合ではアコポーリン(細胞膜中に水が通るチャンネルを作るたんぱく質,ジョンズ ホプキンズ大学 P. Agre)や,カルボン酸脱水素酵素の構造と働きの研究(フロリダ大学D. Silverman)が報告された. 生体内の能動輸送機構は生物熱力学の観点から興味深い事柄である. 粘土鉱物やゼオライト・チャンネル型酸化ケイ素と水素結合の関係(構造と触媒機能)も取り上げられた. 水そのものも論じられ,液体の水について,われわれは大多数の水素原子が水素結合を形成していると考えているが,X線吸収スペクトルなど酸素のコア準位を見る分光法では,水素結合するO—Hは少数派であると見えるという講演があった(Odelius). 皆から反論があることを承知で新しい研究法から得られた結論を述べるのは大変面白かった.

筆者の関係する短い水素結合系では,重水素共鳴の四重極結合定数(Nebraska大学 G. S. Harbison),赤外連続スペクトルと透過窓のC−P分子動力学による研究(Ljubljanaの J. Stare),量子エンタングルメントと中性子散乱(CNRSのF. Fillaux),フェナレノン系の相転移(Kurnakov研究所A. A. Levin),われわれのDCrO2の重水素相転移と赤外スペクトルなどであった. 筆者の講演のあとで,ブロツワフのRatajczakさんやエルサレムのRozenbergさんからスペクトルの解釈についていろんなことを教えてもらった. フェルミ共鳴によるピークの分裂と吸収強度のことなどである.

毎日,朝9時から講演が始まり,夜のセッションは9時まで行われた. 初日は夕刻に参加登録とミキサーのあと講演があったので実質は丸4日以上であった. 昼食と夕食は会場の隣の部屋でとるので,ロスキルデ市街の観光や,Tivoliでの夕食を入れても十分ゆったりと時間があった. 学会でいろんな人に会うのは最高の楽しみである. 上述のRatajczakさんとRozenbergさんには今回初めて会ったのだが,たいへん深い議論から学ぶことが多かった. 若いOdeliusさんともはじめて会って水構造の話をした. 年配組みではウプサラのOlovsson教授とモントリオールのSandorfy教授が参加しておられた. サンドルフィ教授は85歳であるが,「これまでの研究は水素結合系のスペクトルで非調和性を過大に見積もりすぎているのではなかろうか」とたいへん元気に講演をされた. 食事のとき隣り合ったSilverman教授とは定年後どうしてる?,というような話をした.

ところで,筆者らの発表は学会のWebsiteを見ても出てこない. 参加費も要旨原稿もインターネットで早めに送ったのだが,手違いでプログラムにも要旨集にも載っていないのだ. ただし参加者名簿には載っている. デンマークへ出発する直前にこのことに気がついて主催者に問い合わせたところ,「まことに申し訳ない. まったくもって,こちらの手落ちでした. ついては,要旨原稿はすでに頂いているので印刷して会場で配る. また,あなたはポスターを希望しておられるが,口頭発表にキャンセルがあるので,お望みなら講演の時間も取れる」とのことであった. このような経緯で,要旨をウエブサイトで見られないことが共著者の皆様には申し訳ないが,ポスター発表に加えて口頭でも発表させてもらった.

デンマークのホテルは高い.コペンハーゲンではとくに高く,鉄道駅の安い側(駅裏というべきか)にあるホテルでも1泊3万円以上はする. それでロスキルデ市の民宿に泊まった.これは1泊6200円で安いが,ただし台所があって,朝食も自分で作るのであった. 静かな住宅街にある客室3つだけの小さい民宿である. 相客の一家はオーストラリアから来た家族であった. 日本やオーストラリアと遠い国からの宿泊客はインターネットならではの民宿形態と言えるだろう.

ロスキルデ大学は1970年に作られた新しいいわゆるキャンパス大学で,古い大学と違って市街地から離れたところにある. このような大学で学会が行われると,参加者が会場に通うのがたいへんであるが,ここでは研究室の学生が,朝晩,大学所属のマイクロバスを運転して会場と各宿舎を結んでいた. 筆者の民宿は,運良くロスキルデの中心街と大学を結ぶ中間にあったので,送迎バスにとっても回り道でなかったはずであるが,2台のバスで参加者を集めて廻るのはたいへんであったと思う. とりわけ晩には遅くまで議論が続いて,「さあバスが出ますよ」というアナウンスがよくあった. このような工夫で楽しい学会を開かれたハンセン教授とそのグループに参加者全員が感謝の気持ちを抱いて別れたと思う.

(松尾隆祐)

 

Report 4  水素結合研究会会場風景.ロスキルデ大学 2005年9月

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