Fig. 1. Heat capacity of
β′-(BEDT-TTF)ICl2. An
anti-ferromagnetic transition is suggested at 22 K by NMR spectra and
magnetic susceptibility measurement.
Fig. 2. Heat capacity of κ-(BEDT-TTF)2Cu(N(CN)2)Cl.
We have failed to detect any thermal anomaly around 27 K, at which a
kind of Néel ordering is reported by NMR experiment.
Fig. 3. Heat capacity of κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3. The lattice heat capacity is very similar to the
same type salt κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2. However in the
κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3, a broad but
reproducible thermal anomaly was detected around 5 K.
物質の電気伝導機構は電子状態の違いによって様々です. 電子の運動を表すモデルとして,典型金属などのように電子が気体のように物質中を飛び回る自由電子モデルと,電子が格子に強く引き付けられた状態で格子間をホッピングして移動する強束縛モデルの2つに大別できます. 強束縛モデルは金属状態を説明するモデルですが,このモデルがよく当てはまる物質は比較的半導体などに近くなります. 1つの原子・分子当たりの伝導に関与する電子が1つ存在するという1/2フィリングと呼ばれる電子充填度をもつ物質では,金属状態としての安定化効果よりも電子同士のクーロン反発を最低に保とうとする効果の方が大きい場合に,Mott転移という絶縁体転移を起こして電子が局在化し,スピンを持った磁性体になります. こうしたMott転移を起こして絶縁化した物質のことを一般にMott絶縁体と呼びますが,この絶縁体は転移温度より高い温度では金属であるため,通常のいわゆるバンド絶縁体の物性とは異なる性質を持っている可能性があります.
近年盛んに研究されているBEDT-TTF2Xで表されるBEDT-TTFを電子提供体(ドナー)とする電荷移動塩の中にも,こうしたMott転移を起こす物質が多数報告されています. また興味深いことに,Mott転移を起こす物質の中には0.15 GPaや0.3 GPaという比較的弱い圧力を印加しただけで金属状態に戻り,さらに有機物質としては最高の10 K級の超伝導転移温度を有するものがあります. このためMott絶縁体状態にあるBEDT-TTF塩は有機超伝導体に関する重要な情報を持っており,その電子物性は大変重要です.
今回われわれは,このMott絶縁体の物性を調べるためにMott転移を起こす3種類のBEDT-TTF塩, β′-(BEDT-TTF)ICl2, κ-(BEDT-TTF)2Cu(N(CN)2)Cl, κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3の低温熱容量を磁場下で測定しました. κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3はフラストレートスピン系を実現している物質としても注目されています.
Fig. 1およびFig. 2の結果ですが,いずれも磁化率測定やNMR測定によって反強磁性転移(TN)がそれぞれ22 Kと27 Kに報告されているにもかかわらず,それぞれの転移温度付近にほとんど熱異常が観測されませんでした. β′-(BEDT-TTF)ICl2に関しては,かろうじて熱異常があるようにとれ,磁化率も比較的典型的な低次元磁性体に近い振る舞いをしているのですが,通常の低次元磁性体で考えられる熱異常よりは小さくなります. 一般に低次元化によって熱異常が小さく抑えられるということは,少なくとも2次元磁性体では面間相互作用に対して面内相互作用が100倍程度強い状態でなくてはならず,今のTNを考えるとなかなか説明が困難です. β′-(BEDT-TTF)ICl2において転移温度で熱容量が存在するかどうかについては今後再測定を行う予定です. これに対して,κ-(BEDT-TTF)2Cu(N(CN)2)Cl では同一サンプルを数回測定しても熱異常がほぼ完全に観測できず,磁化率も反強磁性転移温度より高温側で通常の低次元磁性体とは大きく異なる振る舞いをしています. このため,κ-(BEDT-TTF)2Cu(N(CN)2)Clでは,電気伝導率は小さくなっているもののそのスピン状態には量子力学的なゆらぎが色濃く生じ,電子のサイト間の移動が完全になくなっている状態ではないと考えられます.Mott絶縁体中での金属的性質の競合が強く現れていることが考えられます.
また,Fig. 3およびその挿入図に示したκ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3熱容量に関しては,測定温度域において転移現象を明示するような大きな熱異常が無く,さらに低温においては,常圧において超伝導状態となる同型塩であるκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2には見られないブロードな熱異常が観測されました. また,今回測定した3つの物質では,共通して10 T程度までの磁場に対してはほとんど熱容量の磁場依存性を示さないという特徴がありました.
このような結果から今回測定した3種類のMott絶縁体においては,反強磁性転移付近にシャープな熱異常が見られるという典型的な磁性体の特徴とは異なる性質を示したり,または,反強磁性転移自体を示さないという特徴が見られました. これは,これらの系の電子熱容量は,Mott絶縁体において電子が量子性を強く発現した結果であるといえます. このため,Mott絶縁体における量子性についてさらなる研究を行い,超伝導などその他の物性も含め明らかにしていくことを目指しています.
山下智史,清水康弘,鹿野田一司,中澤康浩,小國正晴,第41回熱測定討論会 (福岡),1B1510 (2005).
山下智史,清水康弘,鹿野田一司,中澤康浩,小國正晴,2005年日本物理学会年会,27aYL-4 (2005).