希釈冷凍機温度領域での緩和型熱容量測定装置

Fig. 1 Fig. 1. Temperature dependence of resistance of ruthenium oxide chip under several magnetic fields between 0 T and 17 T. The negative magnetresistance is observed below 500 mK, however the magnitude of the magnetresistance is only few % even at 55 mK.

Fig. 2 Fig. 2. Top view of the calorimetry cell for measuring single crystals by thermal relaxation technique.

Fig. 3 Fig. 3. CpT–1 vs T plot of the addenda of the relaxation calorimeter. The upturn observed below 100 mK is attributed to the paramagnetic impurities in the materials.

熱容量測定は,分子,原子の集合体における相変化,相転移を検出するだけでなく,多体的な相互作用によっておこる複雑な励起構造を調べるためには非常に重要な測定手段です. 温度の計測精度を直接用いることができるエネルギー分光手法であるため,物質の基底状態の特徴とそこからの低エネルギー励起に対して詳細な情報を得ることができるからです. 私たちは,分子性磁性体や伝導体などを中心に,電子の電荷やスピンが関係した電子状態に関する研究をおこなっていますが,このような物性現象の研究を行う場合には1 K以下の低温が必要になることがしばしばあります. また,試料に磁場を印加して磁場中での熱容量測定を行い,電荷やスピンの引き起こす量子力学的な集団現象についても調べる必要があります. 熱的な揺らぎにより秩序状態が壊れていくのと同様に,量子力学的な揺らぎによって基底状態がどのように変化するかは非常に興味深い問題です. 化学熱学レポートNo.21で,私たちは3He冷凍装置にとりつけた緩和型熱容量測定装置について報告しましたが,同様のタイプの緩和型装置を用いて,超低温領域,強磁場領域での測定を行うため,東北大学金属材料研究所の強磁場超伝導材料研究センターに設置された希釈冷凍装置(Oxford社製)に熱容量測定セルを組み込むことを試みました. 東北大金属材料研究所の野尻浩之教授,大島勇吾博士にサポート頂き,最大17 Tまでの外部磁場下,最低到達温度55 mK(0 T状態)での測定が可能になりました. 本稿では,その装置開発について報告いたします

まず,超低温,強磁場下で温度計測ですが,私たちはこれまでの経験からこの目的のためにはKOA社の酸化ルテニウムチップ抵抗体(室温1 kΩ)が最適であると考えており,このチップ抵抗の絶縁アルミナ部を薄く研磨し,熱容量のバックグランドを小さくして用いました. この抵抗体はvariable range hoppingによる電気伝導特性を示すため,Ge, Cernoxなどの半導体と比べて抵抗の立ち上がりが比較的緩やかで,広い温度範囲にわたり適正な温度変化をします. そのため,超低温でも十分計測可能な抵抗値をとります. 抵抗値は55m Kで15 kΩ程度であり,さらに低温でも十分に使えるものと思われます. またこのチップは磁場をかけた場合の磁気抵抗が小さく,10 Tを超える強磁場中でも使用が可能になります. 希釈冷凍装置のミキシングチェンバーにつけた較正済み温度計を用いて,冷凍機の試料ロッドの中心部につけたチップ型温度計の較正を行いました. ミキシングチェンバーと試料ロッド先端部との熱的なリンクを銅の束線,銀線によって確保し,最大17 Tまでのデータをとりました. Fig. 1に試料温度の計測に用いるKOA社の酸化ルテニウムチップの磁気抵抗の温度依存性を示しました. 0 Tから5 Tの間に比較的大きな負の磁気抵抗がありますが,強磁場状態でも特性が大幅に変わるほどの抵抗変化がなく,このチップ温度計は磁場下での極低温熱測定に十分に使用可能であることがわかりました.

次いで,温度較正したチップを使ってカロリメトリーセルを作成しました. 試料ステージはKOAの温度センサーチップと,ストレインゲージを用いて作成し,それを希釈冷凍装置の試料ロッドに着脱が可能な熱容量測定ユニット中の試料台に搭載しました. セルは当初,無酸素銅を用いて作成しましたが,銅の原子核によるショットキー熱容量による磁場中での冷却効率が悪いため,銅材料を出来る限りやめ,銀系の材料を中心に用いました. Fig. 2は,銀を用いて作成した試料取り付け部になります. 希釈冷凍装置にセットアップした結果,試料部の熱容量は65 mKまで下げることが出来ました. 緩和カーブを見てみると,弱磁場領域ではほぼ完全な単一指数関数になりますが,強磁場領域ではわずかに用いている銅系の材料による原子核の熱容量が現れるので,それを解析的に取り除くことを考えています.

超低温領域での熱容量測定を行うためには,安定した温度計測と,熱浴の温度制御が必要になります.そのため,LS340温度コントローラを用いた温度制御系をつくり,センサー部の温度計測にはLR-700ACブリッジを用いて実験を行いました. ブランク測定のデータをCpT–1 vs TのかたちのプロットでFig. 3に示しています. 現在,S/Nをあげるための努力を続けております.

(中澤康浩)

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