混成制御した一次元強相関電荷秩序絶縁体の
低温熱容量

有機分子を電子ドナーやアクセプターとして用いた電荷移動錯体は,その有機分子の置換基を変化させたり,対イオンを変化させたりすることによって,分子間の距離や結晶構造を変化させることができます. 中でも一次元や二次元などの低次元構造を有する分子性導体は,その異方性ゆえに通常の三次元系とは異なった興味深い性質を示します. 私たちは代表的な電子アクセプター分子であるDCNQI分子の中でも,2位と5位の水素分子をヨウ素原子で置換したDI-DCNQI分子と金属カチオンが形成する電荷移動錯体に注目して研究を行っております. (DI-DCNQI)2Mと表されるその化合物群は,DI-DCNQI分子と金属カチオンが2:1の組成で形成されています. DI-DCNQI分子は平面的であり,MがAgやCuのときには分子が一次元的に積層してカラムを形成したような結晶構造をとることが知られています.

Fig. 1 Fig. 1. The heat capacities of (DI-DCNQI)2Ag, (DI-DCNQI)2Cu and (DI-DCNQI)2Ag0.95Cu0.05 which are represented by CpT–1 versus T2. In the Ag salt, the peak is observed around 6 K. In the 5% complex salt, this peak is disappeared but we can see a broad anormaly at about 3 K instead. It seems that these peaks suggest antiferromagnetic transition.

Fig. 2 Fig. 2. The field dependence of the heat capacity of (DI-DCNQI)2Ag0.95Cu0.05 which is represented by CpT–1 versus T2. The magnetic fields are applied perpendicular to the staking direction. The peak is suppressed and the peak temperature shift slightly to the downward direction with increasing magnetic fields.

MがAgである(DI-DCNQI)2Agは,220 K付近で一次元方向に電荷密度の濃淡が生じた電荷秩序状態を形成して絶縁体になることが知られています. このような状態における電子スピンの振る舞いや相互作用がどのようなものであるのかについては,大変興味がもたれます.昨年度のレポートで私たちは,Ag塩の熱容量測定において,6 K付近にスピンの反強磁性転移と思われる熱異常を観測したことを報告いたしました. このピークのエントロピーは大変小さく,磁場を印加していってもその依存性は非常に小さいものでした. 電荷秩序状態にあるAg塩において,スピンは電荷が密な分子サイト上に存在していると考えると,分子一つおきに配置されていることになりますが,それにもかかわらず非常に強い相互作用を有していることは,Ag塩が電荷秩序状態であるがゆえの現象であると考えられます.

そこで,Ag塩の電荷秩序状態を系統的に変化させた場合のスピンの振る舞いを追及することにしました. MがCuである(DI-DCNQI)2CuはAg塩と異なり,Cuの電子軌道がDI-DCNQIの伝導バンドと混成することにより低温まで金属状態が安定であることが知られています. 有機導体系の特徴として,AgとCuのような異なる金属元素を混ぜ合わせて結晶を作ることで,この系では伝導バンドの混成を制御することができます. 今回はまず初めとして,Ag塩のAgサイトに5%Cuをドープした(DI-DCNQI)2Ag0.95Cu0.05の熱容量を測定しました. Fig. 1に示しますように,格子の熱容量がそのほとんどを占めると思われる,5 Kより高い温度領域での5%混晶塩の熱容量は,純粋なAg塩のものとほぼ一致していることがわかりました. Cuをドープしたことによって,格子構造はほとんど変化しないながらも,電荷秩序状態がわずかに変化していると考えることができます. この5%混晶塩では,純粋なAg塩で見られた6 K付近に熱異常が見られなった一方,3 K付近に熱異常が観測されました. Cuをドープしたことにより電荷秩序状態が乱され,その結果純粋なAg塩で見られたスピン間の規則的な配置にも乱れが生じたと考えますと,その熱異常は純粋なAg塩で見られた反強磁性転移がより低温側で起こったものと理解されます. 磁場を印加してその依存性を調べてみると,Fig. 2に示しますようにピークは磁場によって強く抑制され,8 Tではほぼ観測できない程度まで小さくなりました. Cuをドープしたことでスピン間の相互作用が弱まり,外部磁場に強く影響を受けたものと考えられます. このことから,電荷秩序状態となる強相関系においては,電荷の秩序状態とスピンの秩序状態との間に何らかの相関があることが示唆されます. また低温部へ目を移しますと,5%混晶塩の熱容量においてもAg塩で見られたのと同様,極低温部に温度に比例する項が存在しているように見えます. この値はAg塩よりもずっと大きく,むしろCu塩の値に近いようにも見えます. 5%Cuをドープしたにしては大きな変化であるこの振る舞いは,低次元系に見られるスピンの量子力学的なゆらぎと電荷秩序が強く影響していると思われます.

電荷とスピンの自由度についての問題は,この化合物だけでなく強相関電子系を構成する有機導体について考える上で大変重要です. 今後は組成の異なる混晶塩についての熱測定をさらに進め,スピンの振る舞いがどのように変化するのかをさらに調べていきたいと思います.

(大熊一貴,中澤康浩)

発 表

大熊一貴,山下智史,中澤康浩,宮川和也,鹿野田一司,小國正晴, 第42回熱測定討論会(京都)1A1030 (2006).

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