低配位数三次元集積型金属錯体
Δ,Λ-[RuII(bpy)2(ppy)][MIICrIII(ox)3]
(M = Mn, Cu)の熱容量と磁気相転移

Fig. 1 Fig. 1. Possible schematic network structure of [M1M2(ox)3]n: two-dimensional honeycomb (left) and three-dimensional helical (right) structures.

Fig. 2 Fig. 2. Magnetic-field dependence of heat capacities of Δ,Λ-[RuII(bpy)2(ppy)][MIICrIII(ox)3] (M = Mn, Cu).

Fig. 3 Fig. 3. Magnetic heat capacities of Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][MIICrIII(ox)3] (M = Mn, Cu). Thin and thick curves represent theoretical values for two-dimensional honeycomb and three-dimensional helical spin systems, respectively.

シュウ酸イオン(ox2–)を架橋配位子とする集積型金属錯体A[M1M2(ox)3](A:カウンター陽イオン;M1, M2:金属イオン)は配位数が3という低い配位数をもち,Fig. 1に示されるように,[M1M2(ox)3]nにおけるΔ体およびΛ体の光学異性体の組み合わせにより,二次元ハニカム構造か三次元ヘリックス構造の二種類の結晶構造をとる可能性があります. 九州大学の大川先生のグループによって最初に合成されたN(n-C4H9)4[MIICrIII(ox)3] (M = Mn, Fe, Co, Ni, Cu)は強磁性体であることが報告され,その後のN(n-C4H9)4[MnIICrIII(ox)3]やPPh4[MnIICrIII(ox)3]の単結晶X線結晶構造解析から,これらの錯体が二次元ハニカム構造をとることが示されました. 私たちのグループも結晶構造解析とは独立に,熱容量測定からいくつかの一連の錯体が二次元ハニカム構造をもつことを報告しました. 一方,Decurtinsらによって初めて三次元ヘリックス構造を有する錯体[FeII(bpy)3][FeII2(ox)3]が合成され,これまでに二次元および三次元構造をもつ数多くの一連の錯体が合成・研究されています.

本研究の共同研究者であるフランス・ピエールマリーキュリー大学のVerdaguer教授のグループは三次元ヘリックス構造を有する集積型金属錯体Δ,Λ-[RuII(bpy)2(ppy)][MnIICrIII(ox)3]を合成し,三次元錯体で初めてTc = 5.8 Kに強磁性相転移を見出しました. 一般に,低次元磁性体に見られるスピンの量子ゆらぎはスピンの低配位数にも関係していますが,私たちは配位数が3である三次元ヘリックススピン系に対して磁気熱容量の高温展開を計算し,三次元でありながらスピンの量子ゆらぎによる大きな磁気熱容量を示すことを見出しました. 私たちは三次元ヘリックス構造におけるスピン系の磁気的挙動を調べる目的で,今回四種類の三次元ヘリックス構造をもつ錯体Δ,Λ-[RuII(bpy)2(ppy)][MIICrIII(ox)3] (M = Mn, Cu)を合成し,これらの錯体の熱容量測定を行いました.

全試料の零磁場および磁場中での熱容量測定はQuantum Design社製の緩和型熱量計PPMS 6000を用いて行いました. Fig. 2にΔ,Λ-[RuII(bpy)2(ppy)][MIICrIII(ox)3] (M = Mn, Cu)の熱容量の測定結果を示します. Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][MnIICrIII(ox)3]でTc = 4.48 Kに,Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][CuIICrIII(ox)3]でTc = 2.85 Kに磁気相転移による幾分ブロードな熱容量ピークが観測されました. 一方,それぞれのΛ異性体では,おそらく不純物による影響と思われる磁気熱異常のわずかな違いが見られました. 熱容量ピークの磁場依存性は,これらの磁気相転移が強磁性相転移であることを強く示唆しています. また,磁気相転移の高温側には配位数3の三次元ヘリックススピン系に予想されるスピンの短距離秩序による熱容量の裾が見出されました.

Fig. 3は零磁場下のΔ異性体の磁気熱容量です.Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][MnIICrIII(ox)3]の磁気相転移の高温側が三次元ヘリックススピン系の磁気熱容量の理論値と非常に良く一致しているのがわかります. 他方,Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][CuIICrIII(ox)3]の方は理論値とあまり良い一致が見られませんでした. 現在,Δ-[RuII(bpy)2(ppy)][CuIICrIII(ox)3]について正常熱容量の見積もり等の再検討を行っています.

(宮崎裕司)

発 表

宮崎裕司,大久保將史,C. Train,M. Verdaguer,稲葉 章,第42回熱測定討論会(京都),1A1010 (2006).

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