Fig. 1. Heat capacity of solid deuterated tri-iodo mesitylene. The heat capacity obtained after
the contribution from the intra-molecular vibration is subtracted is also plotted.
Fig. 2. Heat capacity of solid di-bromo iodo mesitylene. The contribution from the intra-molecular
vibration is already subtracted.
Fig. 3. Characteristic Debye temperature obtained from the heat capacity (after subtraction of the
contribution from intra-molecular vibration) for solid di-bromo iodo mesitylene.
Fig. 4. Temperature drift rate obtained during the heat capacity measurement for solid di-bromo
iodo mesitylene (recrystallized sample).
メジチレン,C6H3(CH3)3のハロゲン誘導体については,固体中でのメチル基の回転状態に特に興味がもたれ,構造とダイナミクスに関する系統的な研究がフランスレンヌ大学のミネル教授によって行われてきました. 結晶構造解析によれば,メチル基は分子内ではハロゲン原子に挟まれ,隣接する分子間でもメチル基同士が向かい合っている状況にありながら,その配向は極低温でも乱れていることが明らかになっています. 一方,高分解能中性子散乱実験によれば,メチル基の回転障壁は比較的低く,メチル基はかなり自由に回転(量子力学的トンネル回転)していることがわかっています.
このように,分子やイオン,官能基が置かれた場の強さと対称性が,分子が本来もつ対称性とどう関係して,結晶構造やダイナミクス,ひいては熱力学的性質に影響を与えるかは大変興味深いものがあります. とりわけ,結晶中で乱れを引き起こすメカニズムが複数あるとき,相転移やガラス転移がどういう形で実際に現れるかは非常に興味深いところです.
そこで,一連の化合物について5-400 K の温度域で熱容量測定を計画しました. 興味の中心は,メチル基のトンネル回転だけでなく分子全体の配向の乱れ(ジャンプ回転)にあり,それらが関与した相転移やガラス転移などを系統的に調べるのが目的です. 得られた熱力学情報と,すでにある構造に関する知見を併せて,相転移やガラス転移のメカニズムを解明するのが最終目標です. ここでは,重水素置換体d-TIM [tri-iodo mesitylene] およびDBIM [di-bromo iodo mesitylene]の熱容量測定の結果について報告します.
断熱型熱量計を用いて熱容量を測定しました. d-TIMの結果をFig. 1に示します. 約380 Kに熱容量ピークをもつラムダ型の相転移を見いだしました. 秩序−無秩序型と考えられるものの,転移エントロピーは(例えば,Rln2に比べて)かなり小さいことがわかります. この結晶の分子内振動については,IR(FIR)吸収,ラマン散乱,中性子非弾性散乱により実験的に求めた振動数データがあり,加えて量子力学計算が行われていて,それらがよく一致しているので熱容量寄与を全て差し引いた結果(残りのモードは,結晶中での分子全体の並進と回転のみ)をFig. 1に記しています.
DBIMについて同様に測定した結果をFig. 2に示します. ここでは,すでに分子内振動による熱容量寄与を差し引いています. 約380 Kにd-TIMで見られた相転移が観測された(Fig. 2には示していない)だけでなく,試料の精製法や冷却条件,アニール条件,測定の速さによって見かけ上,異なる熱容量が低温域で複数観測されました. その挙動は,いずれもガラス転移に類似のものでした. Fig. 3には,100 K以下で観測された熱容量(分子内振動の寄与は差し引いた後)をデバイ温度(6N自由度)に変換したものを示しています. 再結晶試料と昇華試料とで挙動が異なることがわかります. Fig. 4には,再結晶試料の100 K以上での挙動をドリフト速さの温度依存性で示してあります. これらの挙動は,高温相(400 K)で乱れていた分子全体の配向の凍結と関係があるものと考えています.
分子全体の配向の乱れに伴う相転移が検出されたことで,状況は極めて複雑になりました. 異種ハロゲンを導入したことで,分子全体の配向の乱れは化学的な乱れも持ち込んでいます. しかし,一連の研究によって解決への道が開けるものと期待しています. 本研究は,フランス・レンヌ大学のミネル教授との共同研究で行われています.
稲葉 章,Jean Meinnel,第42回熱測定討論会(京都)3A1520 (2006).
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