Fig. 1. Temperature drift rate as a function of temperature for samples with increasing mass
fraction glycerol in the range 60-90% w/w.
Fig. 2. Temperature drift rate as a function of temperature for samples with increasing mass
fraction glycerol in the range 0-55% w/w.
Fig. 3. The step in the heat capacity at the three drift rate anomalies for samples with glycerol
content in the range 10-55% w/w.
Fig. 4. The glass and melting transition temperatures as a function of glycerol content.
昨年の阪大化学熱学レポート(研究紹介 12)では,グリセロール水溶液の熱測定で見いだした複数のガラス転移について報告しました. また,ある特定濃度(55質量%程度)の水溶液の中性子回折実験によって見いだした水の結晶化に関する興味深い知見はすでに報告しています(A. Inaba, et al., J. Neutron Research, 13, 87 (2005) および A. Inaba, Pure Appl. Chem., 78, 1025 (2006)).
実験は,種々の濃度のグリセロール水溶液について,断熱型熱量計により80-300 Kの温度域で熱容量測定を行ったものです. Fig. 1は,熱容量測定の過程で,熱量計内の内部平衡が達成した後の温度ドリフトを温度に対してプロットしたものであり,グリセロール濃厚水溶液の結果です. ここで,発熱ドリフトから吸熱ドリフトに変わる現象はガラス転移に特有の挙動で,ここではその交差温度をガラス転移温度としました. 濃厚水溶液では均一なガラス(Tg,homogeneous)が生成していることが分かります. 一方,60質量%溶液ではガラス転移の高温側で2段階の結晶化に対応する発熱現象が観測されました. 低温側の結晶化では,中性子回折で明らかとなった2次元的秩序構造をもつ氷が生成し,その後,通常の氷(六方晶氷)に転移したものと考えられます. 後者のエンタルピー変化が極めて小さいことが分かります.
グリセロール希薄水溶液のドリフト結果をFig. 2に示します. 氷のプロトンの位置凍結ガラス(Tg,proton)の他に, ガラス転移温度が濃度にほとんど依存しないもの(Tg')とガラス転移類似の異常(TA)が観測されました. この系が少なくとも2領域からなる不均一系であることは明らかですが,解釈は2通り可能です.1) 氷と一定組成をもつガラス(1種)と考えるか,2) もう一つ別のガラスが存在する(合計で3相が共存する不均一系)と考えるかです. 昨年のレポートでは後者の立場で,ここでのTAをもう一つのTgと考えました. 今回は別の解釈を行います.
ガラス転移を含む異常部分で観測された熱容量のステップをFig. 3に示します. これらを手掛かりに非平衡相を含めた相挙動をまとめたのがFig. 4です. グリセロール希薄域の解釈は,現時点では解釈1を採用しており,ガラス転移の高温側で過冷却液体となったグリセロール水溶液から氷が結晶化し,それが再び溶け込むというものです. この〔発熱ドリフト→吸熱ドリフト〕の現象は,ガラス転移のエンタルピー緩和挙動と見かけが全く同じもので,これだけでは区別ができません. すなわち,解釈2を排除する積極的な証拠も現時点では得られていません. 実は,この種の系を実験的に扱ったいろいろな文献を調べたところ,大別してこの2種の解釈が行われており,まだ決着がついていないようです. 同様の現象は生体系でもごく一般的に見られるはずで,そのモデルとしても大変興味深く重要な系です.
稲葉 章,Ove Andersson,2006年分子構造総合討論会(静岡),4A09 (2006).
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