Fig. 1. Heat capacity in the melting region of the metastable-crystal (open circles) and
stable-crystal (filled circles). Solid lines show the present results. Dashed lines show the
previous results.
Fig. 2. Phase transition in 5*CB from the cholesteric phase to the isotropic-liquid.
Fig. 3. Temperature drifts observed during the measurement for the metastable-crystal. Dashed line
shows the natural drift.
昨年の本レポートで液晶物質5*CBの熱容量測定の結果を報告しました(研究紹介 11). そこでも触れましたが,融解がダブルピークとして観測されたのが(共融混合物ではそうなるので)大変気がかりでした. その試料は合成後数年経過していたものなので,今回は全く同じ製法ですが(Dabrowski教授による)合成後すぐの試料を測定に供しました. その結果を報告します.
まず準安定結晶と安定結晶の融解についてです. 今回の測定では,いずれもシングルピークとして観測されました. Fig. 1に2つの相の融解の様子を示しました.融点もそれぞれ約2 K高温側にシフトして,準安定結晶の融点は281.9 Kに,安定結晶の融点は290.9 Kにいずれも前回よりずっとシャープな形で観測されました. 前回の試料は,エナンチオマー以外の不純物(おそらく水)が混入していたためと考えられます. なお,融解のエンタルピーはそれぞれ11.34 kJ/mol,13.24 kJ/molでした. 安定結晶から部分融解法によって決めた試料の純度は99.05%でした.
今回の測定では,コレステリック相−等方性液体の転移をこれまでより詳細に捉えることができました. Fig. 2に転移の様子を拡大したものを示しました. 転移ピークが低温側に裾を引くような非対称な形になっていることがわかります. ネマチック相から等方性液体相への転移については「弱い一次転移」とも「二次に近い一次転移」とも言われています. コレステリック相はキラルネマチック相とも呼ばれており,光学的性質以外はネマチック相と同じ性質を示します. 今回の結果から,少なくともこのコレステリック相から等方性液体への転移は単純な一次相転移ではないといえます. 実際,測定でこの転移を捉えたとき,転移は可逆的で等方性液体の過冷却現象やヒステリシスは見られませんでした. 転移温度は246.8 Kで以前の報告と大きな変化はなく,転移エンタルピーは約480 J/molでした.
準安定結晶の100 K付近の熱異常についても新たな情報が得られました. これまでは相転移と考えていた小さな熱異常ですが,今回の測定では80 K付近に発熱温度ドリフトを見出しました(Fig. 3). そこで,78 Kで5時間アニールを行った後,再度測定したところ発熱ドリフトは見られず,吸熱ドリフトが観測されました(Fig. 3). それにともない,熱容量異常の位置も低温側にシフトしました. これらのことから,この熱異常は相転移ではなくガラス転移であったと結論付けました. ガラス転移温度は発熱温度ドリフトがなくなった100 K付近としています.
準安定結晶が100 K以下でガラス性結晶であるにもかかわらず,70 K以下で安定結晶の熱容量が準安定結晶より大きいのは大変興味深いことです. 現在のところ,安定結晶が低温でガラス性結晶となる証拠は見られません. もっと低温で熱容量に何か潜んでいるかもしれません.
このような熱測定の結果と合わせて,5*CBの等方性液体相やコレステリック相のダイナミクスに注目した中性子散乱実験を最近行いました. 現在,結果の解析中です.
本研究は,ポーランド科学アカデミー核物理研究所のグループとの共同研究です.
鈴木 晴,稲葉 章,Jan Krawczyk,Maria Massalska-Arodź,the 9th
Lähnwitzseminar on Calorimetry (Warnemünde, Germany) (2006)
鈴木 晴,稲葉 章,Jan Krawczyk,Maria Massalska-Arodź,第42回熱測定討論会(京都),3C1440 (2006).