抗菌性オリゴペプチド
CA(1-7)M(2-9)のダイナミクス
― 熱容量と中性子散乱から探る ―

Fig. 1 Fig. 1. Heat capacities of 451, 49, 14, and 6% (dried) hydrated CM15.

Fig. 2 Fig. 2. Mean square displacements of hydrogen atoms in 49 and 6% (dried) hydrated CM15.

Fig. 3 Fig. 3. Integral of normalized vibrational density of state function of 49% hydrated CM15. Broken curve was calculated by the heat capacity data.

蛋白質は生体中における生命活動の大部分を担っている生体高分子です. 蛋白質の機能発現には,蛋白質分子のもつ特異な立体構造(静的構造)ばかりでなく,非調和的な分子運動(動的構造)や水和状態が密接に関係しています. 蛋白質の機能発現の機構を解明することは生物の生命現象の理解につながるため,蛋白質の静的・動的構造,水和状態を研究することは非常に重要な意味をもちます. 蛋白質のダイナミクスに関する研究は,熱容量・誘電率測定やX線・中性子散乱などにより,近年盛んに行われていますが,比較的低分子のオリゴペプチドや低分子のペプチドのダイナミクスについては,あまり研究されていないのが現状です. 今回ポルトガル・ポルト大学のBastos博士とイギリス・オックスフォード大学のMiddendorf博士との共同研究で,cecropin Aとmelittinとのハイブリッド抗菌性オリゴペプチドCA(1-7)M(2-9)(CM15)の熱容量測定と中性子散乱測定を行い,オリゴペプチドのダイナミクスについて調べました.

CM15はFmoc/tBu固相法により合成されました. 熱容量測定は研究室既設の微少試料用断熱型熱量計を用い,CM15の質量当たりの水の質量%で451%,49%,14%,6%(乾燥)の含水試料について6〜300 Kの温度範囲で行いました. 中性子散乱測定はLLBの飛行時間型分光器 MIBEMOL(波長:5 Å,弾性Q範囲:0.51 〜 2.38 Å–1)を用い,49%と 6%(乾燥)の含水試料について99 〜 271 Kの間の8個の温度で行いました. また,49%含水試料については196 〜 269 Kの温度範囲で連続的な測定も行いました.

Fig. 1にCM15含水試料の熱容量の測定結果を示します. 含水量の多い451%と49%の急冷試料では,188 Kと191 Kにガラス転移によるブロードなガラス転移と200 K以上で過冷却した一部の水の結晶化による発熱,および272.5 Kと265.0 Kに氷の融解が観測されました. 230 K付近で発熱がなくなるまでアニールした試料でも,熱異常の大きさは小さくなったものの,急冷試料と同じ温度にガラス転移が観測されました. 氷の融解エンタルピーから束縛水量を求めたところ,CM15 1 mol当たり26 mol(CM15 1 g 当たり 0.26 g)でした. 他方,含水量の少ない14%試料では,ガラス転移温度が227 Kと高くなる傾向が見られました. しかし過冷却水の結晶化による発熱や氷の融解による熱容量ピークは観測されませんでした. 6%(乾燥)試料では何も熱異常は見出されませんでした. ガラス転移に可塑効果が見られたことから,観測されたガラス転移はCM15と周りの束縛水との協同的分子運動の凍結現象であると結論されます.

Fig. 2は49%および6%(乾燥)試料における中性子散乱データから得られた試料中の水素原子の平均二乗変位の温度変化です. 145 K 以下では両試料とも調和的挙動(図中の破線)を示していますが,145 〜 235 KではCM15と周りの束縛水との協同的分子運動に関係していると思われる非調和的挙動が見られます. さらに,49%試料では235 K以上で氷の融解に起因すると思われる指数関数的な増加が見られます. Fig. 3に49%試料における中性子散乱データから計算された,規格化された振動状態密度関数の積分値の温度変化を表します. 図中の破線は熱容量データから計算された値です. 熱容量測定で観測されたガラス転移や氷の融解挙動を定性的に良く表しているのがわかります.

このように,蛋白質よりもかなり分子量の小さいオリゴペプチドでも蛋白質に非常に近い挙動が見られました. 今後,さらに分子量の小さいペプチドでも同様の研究を行いたいと思います.

(宮崎裕司)

発 表

Y. Miyazaki, A. Inaba, N. Alves, P. Gomes, J.-M. Zanotti, H. D. Middendorf, and M. Bastos, the 19th International Conference on Chemical Thermodyamics (Boulder, USA) (2006).
宮崎裕司,N. Alves,P. Gomes,M. Bastos,H. D. Middendorf,J.-M. Zanotti,稲葉 章,第42回熱測定討論会(京都),P10 (2006).

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