生分解性合成高分子ポリ(ε−カプロラクトン)の
熱容量と断熱結晶化

Fig. 1 Fig. 1. Repeat unit of PCL.

Fig. 2 Fig. 2. Heat capacities of PCL liquid-quenched (double circles), annealed around 330 K(open circles), and supercooled down to ca. 325 K (filled circles).

Fig. 3 Fig. 3. Heat capacity difference between quenched and annealed PCL.

Fig. 4 Fig. 4. Time dependence of initial adiabatic crystallizations of PCL.

地球環境に優しいプラスチック材料の研究・開発が今日盛んに行われていますが,Fig. 1に示される繰り返し単位をもつポリ(ε−カプロラクトン)はそのような生分解性合成高分子の一つです. 通常の高分子は液体状態から急冷しますと,大部分はガラス転移を経てガラス状態になります. しかし,ポリ(ε−カプロラクトン)はたとえ液体状態から超高速で急冷しても,かなりの部分が結晶化してしまうという特異な性質をもっています. 今回,このポリ(ε−カプロラクトン)の熱力学的性質や結晶化の機構を解明する目的で,断熱法による精密熱容量測定を行い,断熱条件下での結晶化過程を追いかけました.

熱容量測定は研究室既設の微少試料用断熱型熱量計で行いました. 用いた試料量は2.80544 gでした.Fig. 2に熱容量の測定結果を示します. 液体状態である380 Kから急冷した試料では,Tg = 212 Kにガラス転移による熱容量ジャンプと,それ以上の温度で結晶化による大きな発熱が観測されました. 発熱が最大であった330 K付近で発熱がなくなるまでアニールした後測定した試料でも,液体急冷試料とほぼ同じ温度でガラス転移が見られましたが,若干熱容量ジャンプの大きさは小さくなりました. さらにTfus = 333.0 Kで融解による大きな熱容量ピークが観測されました. さらに,今回の測定でおよそ325 Kまで試料の過冷却液体状態の熱容量を測定することができました. 280 K以下の熱容量をTarasovモデルでフィッティングしたところ,ΘD3(14) = (83.2 ± 2.1) K,ΘD1(14) = (506.9 ± 1.7) K,Nernst-Lindemann式によるCp - CV補正係数A = (1.78 ± 0.14)×10–6 mol J–1, という値が得られました. また,融解エンタルピー・エントロピーはそれぞれΔfusH = 11.53 kJ mol–1,ΔfusS = 35.10 J K–1 mol–1と求められました.

Fig. 3は液体急冷試料とアニール試料の熱容量差の図です. 50 K以下では液体から急冷した結晶化度の小さな試料の熱容量の方が大きくなる,いわゆる通常のガラスで見られる低エネルギー励起が観測されましたが,非常に興味深いことに,50 K以上ではアニールした結晶化度の大きい試料の熱容量の方が大きくなるという逆転現象が見られました. この傾向は110 K付近で再び逆転しました.同じような傾向は昨年の本レポートで紹介した,同じく生分解性合成高分子であるポリ乳酸でも観測されています.

今回の実験では,断熱条件下でのポリ(ε−カプロラクトン)の初期結晶化過程をとらえることに成功しました. Fig. 4は断熱結晶化の初期過程の時間変化を表しています. 今後,等温結晶化過程における誘電率データとの比較や結晶化理論による考察を行う予定です. なお,この研究はドイツ・ロストック大学のSchick教授と共同で行われています.

(宮崎裕司)

発 表

A. Wurm, Y. Miyazaki, K. Miwa, A. Inaba, and C. Schick, the 19th International Conference on Chemical Thermodyamics (Boulder, USA) (2006).

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