緩和型熱量計で液体試料の
熱容量を測定する

われわれは,低温で正確度の高い熱容量値を得ることを第一の目的として,これまで主として断熱型熱量計(通常の作動温度域 5 – 400 K)を用いた測定を行ってきました. 断熱型熱量計の利点は,高精確度の測定が可能であることの他に,試料セルに密封できるものであれば試料の形態(単結晶,粉末,液体)を問わないことが挙げられます. その一方で,操作が比較的煩雑であることや10 K以下では断熱条件が得にくいこと,高精度測定のためには1 g以上の試料量が必要であることなどの欠点も併せもっています.

Photo 1 Photo 1. A cell for liquid samples on the sample stage of PPMS.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) An example to show the overall performance. Cp /T 3 plot for the three phases of 8*OCB. The filled-marks are the data obtained on PPMS and the open-marks are those obtained by an adiabatic calorimeter.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) The contribution from the sample (glass of liquid phase for 8*OCB), addenda and cell to the total heat capacity.

われわれは,これらの断熱型熱量計の欠点を補う目的で,とりわけ極低温域の熱容量測定にQuantum Design社の緩和型熱量計PPMS (Physical Property Measurement System)を利用してきました. PPMSは通常のモードで2 – 400 Kの温度域をカバーでき,Helium-3 SystemやDilution Systemを用いれば,さらに低温域の測定が可能です. 操作が比較的簡単で,サンプリングも3×3 mm2の試料台に固体試料を乗せるだけです. また,試料量も1 mg程度と少量ですみ,磁場をかけられるというオプションもあります. その反面,熱容量の絶対値は100 K以上で正確な値が得にくいことが多く,通常の測定では潜熱を伴う1次転移を検出できないという欠点もあります. また,測定中は試料を真空に曝すため,当然のことながら液体試料など蒸気圧を示す試料の測定はそのままではできません.

たまたま,室温で液体の試料の極低温熱容量(1 K以下)を知りたいというものがいくつかありましたので,PPMSで液体試料を測定できるようなセルの作製を試みました. 実際に測定してみたところ満足のいく結果が得られたので,以下にその内容を報告します.

試料セルの作成とサンプリングの手順はつぎの通りです. ① 内径1.0 mm,肉厚0.1 mmの市販の銅管を3.0 mmの長さに切断し,側面の片側を平らにする(試料台との接触面積を稼ぐためです). ② その質量(約9 mg)を精密に秤量する. ③ マイクロシリンジで銅管内部に液体試料(約1 μL)を導入する. ④ 両端を圧着し試料を密封してから再度秤量する. 試料の質量は試料封入前後の差から算出します. 試料セルの材料として銅を採用した理由は,極低温域での熱容量の標準物質であることの他に,薄肉細管として入手しやすく,加工しやすいことなどが挙げられます. Photo 1に実際に試料台にセットしたセルの写真を示します. セルと試料台の間にはアピエゾンNグリースを用います. 試料台とグリース(これをアデンダと呼びます)の熱容量を予め測定しておけば,試料の熱容量が得られます. ここで,セル自体の熱容量は銅の熱容量の文献値を使うか,もしくは別途測定しておけば得られます.

実際の測定例として8*OCBの20 K以下の熱容量を,断熱型熱量計による結果と合わせてFig. 1に示しました. 2つのデータが良い一致を示していることがわかります. ここで,高精度の測定を行うには,試料の熱容量寄与をできる限り大きくしたいところです. Fig. 2に試料(ここでは8*OCBの液体ガラス)および試料セル,アデンダの熱容量寄与を示しました. 2 K以上では試料の寄与は30%を超えており,十分な測定精度が期待できますが,それ以下の温度では銅のもつ電子熱容量の寄与が相対的に大きくなり,最低温度(0.35 K)では試料の寄与が5%程度にまで急激に落ち込みました. これは極低温でのデータの乱れとして現れています. この点を改善するために,セルの材料として超伝導金属を試みましたが,インジウム(転移点 3.4 K)は加工しにくく,スズ(転移点 3.7 K)は圧着に問題があり,いずれも取り扱いに難点がありました. これらの改善は今後の課題の一つといえます.

(鈴木 晴,稲葉 章)

発 表

H. Suzuki, A. Inaba, J. Krawczyk, and M. Massalska-Arodź, the 62nd Calorimetry Conference (Hawaii, USA) poster #87 (2007).
鈴木 晴,稲葉 章,J. Krawczyk,M. Massalska-Arodź,第43回熱測定討論会(札幌),P26 (2007).

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