CA創刊100周年記念エッセイの優秀作品
に選ばれる

今年はChemical Abstracts創刊100周年ということで,国内でCASデータベースを扱う化学情報協会(JAICI,会長は大阪大学名誉教授であり元化学熱学実験施設長の千原秀昭先生)が記念行事の一つとして「CAに関するエッセイ」を募集しました. 大学院生の時代から特別の想いのある稲葉がこれに応募したところ(投稿第1号であったようですが),幸運にも優秀作品に選ばれ,いろいろな記念品をいただきました. 気恥ずかしいのですが,ここに再録させていただきます(JAICIの許可済み). なお,CASマーク入りのワンタッチ三段傘や記念マグ,筆記用具(写真)の他に,Chemical Abstracts創刊号(1907年1月1日発行のVol.1, No.1)復刻版など多数の資料と図書券など記念品の数々をいただきました. 英語翻訳の計画があるとのことで楽しみにしています.

(稲葉 章)

Picture of the Souvenir

CAにかかわる自慢話

団塊世代の私は,大学紛争とその余波で,学生・院生時代に道草を随分食った気がする. その中から,CAとの関係で一つはユーザーとして,もう一つはアブストラクターとしてかかわった私のちょっとした自慢話を2つ披露したい.

理学部で研究室配属になって間もなく,教授から「良い論文を沢山読みなさい」と言われた. どれが良い論文かは教えてくれない. 古い雑誌から新着雑誌まで,必要に迫られ論文を濫読した時期もあった. 一向に成果が見えないまま決心したのは,研究者を数名に限定して,生涯の論文を全部読んでやろうということであった. そのためにCAの網羅主義に頼ったのが私のユーザーとしての出会いであった. E-ジャーナルを検索する最近とは違って,図書室で冊子体CAと過ごしたあのゆったりとした時間の流れが今では懐かしい. 孫引きによっても論文を収集したが,この目的にはCAが非常に役立った. 入手困難な論文も抄録だけは読めた.

とはいえ対象とした研究者が途中で1人減り,また1人減りで,最後まで残ったのは1949年にノーベル化学賞を受賞したW. F. Giauqueと,私にとってその後の留学先となるJ. A. Morrisonの2人であった. Giauqueの論文は実験的な記述で示唆に富むものが多く,その後も大いに役立った. 一方,Morrisonの論文は論理的な思考過程を追うのが非常に楽しかった. いずれも,CAの網羅主義から得た私独自の成果だと今ではちょっぴり自慢に思っている. ただ,留学後に知ったことだが,全部読んだと思っていたMorrisonの論文が実際には6割程度しか読んでいなかった. 残りがどうして漏れたかの追跡調査はしていない.

博士課程に入った1974年には教授に勧められ,CAの抄録員となった. しばらく試験採用ということであったが,いつから正式採用になったのか今でも明らかでない. 私が担当した雑誌には「日本物理学会誌」,「応用物理」,「物性」などがあった. こうして定常的に抄録作業をするようになって,IBMの電動タイプライター(ボビン式)の中古品を入手した. それを長らく自宅に保存していたのだが,ごく最近,残念ながら捨てられてしまった. イタリックやシンボルのボビン,修正用の白いリボンはまだどこかに転がっているかもしれない.

当時登録されていた抄録員は国内に数十名はいたはずだが,今から思えば,専門外や多忙との理由で引き受けてもらえない論文が私のところに随分回ってきていたのではなかろうか. 核化学はもちろん,加速器科学の関係でも物質名が論文に現れれば対象にするというCAの網羅主義である. お陰で随分,専門外の勉強をさせてもらった. 当時の論文は著者抄録が日本語のものがまだまだ多く,しかも内容と直接関係のない仕事の宣伝などが書かれていて,論文だけでなく引用文献まで読まなければ抄録できないものがあった. いろいろ苦労した論文もあったが,専門外でも論文の内容の核心を捉える訓練がこれでできたのかもしれない.

しばらくして国内雑誌も著者抄録が英語で整備され,通常の論文は抄録作業がほとんど不要になった. 同時に,化学情報協会が整備されたことも大きな要因であろう. 抄録作業が遠のき,忘れた頃に感謝状(写真)がCASから届けられた. のべ20年の私の抄録作業がCAの歴史100年にどれだけ貢献できたかは疑問だが,シミが出始めたこの感謝状は私の宝であり自慢でもある. そして,私が所属した研究室の当時の教授は他でもない,化学情報協会の設立者であり,現会長でもある千原秀昭先生である. このことは私にとって大きな生涯の誇りである.

(稲葉 章)

Picture of the Letter of Thanks

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