現役時代に痛感したことですが,大学の熱力学関連の講義で学生の興味をそぐ一因となっているのは,化学熱力学が物質の理解に如何に整然と役立っているかを実例で示すことが少ないためだと思います. 退職して時間に余裕ができたので,念願だった熱力学の実例に沿った本を書くことにしました. 既存の熱力学の教科書との重複をさけ,熱力学そのものの解説はせず,物質が機能を発現するメカニズムをエネルギーとエントロピーの観点から解説することを目指しました. そのため,物理化学の書物としては式の少ないものになりました. 本化学大系の企画方針は,単著を原則とし著者の個性を発揮することにあるので,私共が大阪大学で行ってきた研究を主として取り上げました. そのため内容に偏りがあり,興味深い多くの凝集系の相転移を割愛しています. 限られた事例の中で分子熱力学の研究手法がどのように役立っているかを解説しました. テーマとして相転移を選んだのは,「物質は相転移で本性を露呈する」との考えからです. 熱力学の大きな特徴は「選択性がない」ことです. そのため取上げた物質と凝集状態は多岐にわたり,目次は以下の様になっています.
1章 | 分子熱力学とは |
2章 | 熱容量とその測定法 |
3章 | 相転移 |
4章 | 分子結晶と配向相転移 |
5章 | 液晶における相転移 |
6章 | 分子磁性体と磁気相転移 |
7章 | スピンクロスオーバー現象と相転移 |
8章 | 電荷移動による相転移 |
9章 | サーモクロミズム現象と相転移 |
現役時代にミクロ熱研究センターが時限到来し,文部省との交渉で設置が決まったのが分子熱力学研究センターです. その名称の一部を冠する本を刊行できたことは大きな感慨です. 本書で紹介した研究内容は,数多くの方々との共同研究によるものです. また出版に当たっては,朝倉書店編集部の川端政晴氏と小野雅孝氏に大変お世話になりました. この場を借りて皆さんに心からのお礼を申し上げます.
朝倉化学大系10 (Asakura Compendium Series of Chemistry No. 10)
相転移 (Phase Transitions) 分子熱力学 (Molecular Thermodynamics)
徂徠 (Sorai) 道夫 (Michio)
朝倉書店 (Asakura Publishing Co.)