有機磁性体PhBABIの磁気熱容量と磁気構造

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structures of BABI and PhBABI.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacities (upper) and magnetic heat capacities (lower) of PhBABI under magnetic fields. Solid curve indicates the lattice heat capacity. Broken curve shows the spin wave heat capacity with an energy gap.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Comparison between zero-field magnetic heat capacity of PhBABI and magnetic models. Purple, black, green, red, and blue curves represent S = 1/2 1D chain, 2D square planar, singlet-triplet, bilayer, and spin ladder models, respectively.

Fig. 4 Fig. 4. (Click to enlarge.) Packings of major spin density sites and closest contacts between nitroxides in PhBABI (upper) and BABI (lower).

有機物質が中心的な構成要素である「分子磁性体」は,従来の磁性体に比べて多様な分子構造や結晶構造を設計しやすいという点で,応用の面で盛んに研究・開発されています. 特に,純粋な有機物質のみからなる「有機磁性体」は非常に小さな磁気異方性を示すため,理想的なハイゼンベルグスピン系と見なすことができ,スピンラダーなどのような学問的に興味深い量子スピン系が得られる可能性があります.

近年,有機磁性体を構成する有機分子に水素結合を導入することによって分子の集合構造や磁気相互作用の強さ・向きを制御する試みがなされており,BImNN や F4BImNN といった水素結合性有機磁性体では強い強磁性磁気相互作用の導入に成功しています( F4BImNN については次の記事(研究紹介6)で紹介します). 私たちの研究グループは以前,水素結合性有機磁性体である 2-(N-tert-butylaminoxyl)benzimidazole (BABI, Fig. 1) について熱容量測定を行い,BABI が Jinter /kB = −1.9 K, Jintra /kB = −1.2 K の磁気相互作用をもつバイレイヤー磁気構造を示すことを見出しました(Y. Miyazaki et al., J. Phys. Chem. B 106, 8615 (2002)). ただ,残念なことに,TN = 1.7 K で反強磁性相転移を示したため,幅広い温度範囲での磁気構造に関する解析を行うことができませんでした. そこで,今回,BABI の同族化合物である 2-(4-N-tert-butylaminoxylphenyl)benzimidazole (PhBABI, Fig. 1) の熱容量測定を行いました. この物質では,バイレイヤー間の距離が BABI よりも離れているため,長距離秩序による磁気相転移温度がより低温側になることが期待され,磁気構造の解析の上でより有利になると考えられます.

熱容量測定は,高温領域は微少試料用断熱型熱量計を用いて,低温領域は Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS 6000 を用いて行いました. また,熱容量の磁場依存性についても測定しました.

Fig. 2 に熱容量および磁気熱容量の磁場依存性を示します. 格子熱容量は有効振動数分布法により,35 〜 100 K の零磁場での熱容量から決定しました(Fig. 2 中の実線). 磁気熱容量を見ると,15 K 付近に山状の磁気熱異常が見出されました. さらに,3 K 以下にも小さな熱異常が観測されました. この熱異常は高磁場になるにつれて高温側にシフトしており,おそらく最低測定温度より低温にある反強磁性相転移および常磁性不純物によるものと思われます. 高温側では特に熱異常は見られませんでした. 磁気エントロピーは 3 K 以下の磁気熱異常を含む場合には 5.88 J K−1 mol−1,含まない場合(エネルギーギャップのあるときのスピン波熱容量(Fig. 2 中の破線)により,0 K へ補外)には 5.75 J K−1 mol−1 となり,何れも S = 1/2 のスピン系で予想される値 Rln2 (= 5.76 J K−1 mol−1) と良く一致しました.

3 K 以下の磁気熱異常の影響のない 8 K 以上の零磁場での磁気熱容量をいろいろな磁気モデルと比較したところ(Fig. 3),スピンラダーモデル(Jinter /kB = −22 K, Jintra /kB = −4.0 K)とバイレイヤーモデル(Jinter /kB = −22 K, Jintra /kB = −2.8 K)が最も良く再現することがわかりました. 面間磁気相互作用が PhBABI の場合,Jinter /kB = −22 K と BABI の Jinter /kB = −1.9 K に比べて非常に大きくなっていますが,これは PhBABI のバイレイヤーの間隔が 3.4 Å と BABI の 4.5 Å に比べて短く,またスピン軌道の重なりが非常に大きいためだと考えられます(Fig. 4). なお,今回の研究は米国マサチューセッツ大学の Lahti 教授のグループとの共同研究です.

(宮崎裕司)

発 表

宮崎裕司,P. S. Taylor,P. M. Lahti,稲葉 章,徂徠道夫,第43回熱測定討論会(札幌),1B1120 (2007).

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