一次元有機強磁性体F4BImNNの
熱容量と磁気相転移

Fig. 1 Fig. 1. Molecular structures of ImNN, BImNN, and F4BImNN.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacity (upper) and heat capacity divided by temperature (lower) of F4BImNN by adiabatic calorimetry.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Heat capacities of F4BImNN under magnetic fields.

Fig. 4 Fig. 4. (Click to enlarge.) Magnetic field dependence of antiferromagnetic phase transition temperature of F4BImNN. Solid curve indicates the fitting theoretical curve.

無機物質ではなく,有機物質が中心的な構成要素となっている「分子磁性体」の中で,特に,純粋な有機物質のみからなる「有機磁性体」は,従来の磁性体に比べて多様な分子構造や結晶構造を設計しやすいという点で,応用の面での研究・開発が盛んに行われています. また,有機磁性体は非常に小さな磁気異方性により,理想的なハイゼンベルグスピン系と見なすことができるため,学問的立場からも注目されています. 実際には,構成分子の異方的な分子構造のために磁気相互作用に異方性が生じ,結果として多くの有機磁性体は低次元磁性を示します.

最近では,新しいタイプの有機磁性体を合成する試みとして,構成有機分子に水素結合を導入して分子の集合構造や磁気相互作用の強さ・向きを制御する研究が行われています(本レポート 2000年 (No. 21) 研究紹介1および前紹介記事(研究紹介5)参照). そのような水素結合性有機磁性体の中で,2-(imidazol-2-yl)- 4,4,5,5-tetramethyl-4,5-dihydro- 1H-imidazole-3-oxide-1-oxyl (ImNN, Fig. 1) を骨格分子とする同族化合物 2-(benzimidazol-2-yl)- 4,4,5,5-tetramethyl-4,5-dihydro- 1H-imidazole-3-oxide-1-oxyl (BImNN, Fig. 1) は,ImNN と同様に分子間水素結合を介して一次元ネットワークを形成しており,ImNN が J/kB = −88 K という非常に強い反強磁性相互作用で二量化しているのに対し,J/kB = +22 K という強い強磁性相互作用をもつ一次元強磁性体となっています(T. Sugano et al., Polyhedron 22, 2343 (2003)). しかしながら,BImNN には三次元的な長距離秩序化による磁気相転移はまだ見つかっていません. 今回,米国マサチューセッツ大学の Lahti 教授のグループとの共同研究で,同じ同族化合物である 2-(4,5,6,7-tetrafluorobenzimidazol-2-yl)- 4,4,5,5-tetramethyl-4,5-dihydro- 1H-imidazole-3-oxide-1-oxyl (F4BImNN, Fig. 1) について,熱容量測定を行いました. この物質は BImNN と類似の結晶構造を示し,磁化率測定から,BImNN に近い大きさの磁気相互作用 J/kB = +17 K をもつ一次元強磁性体であることがわかっています(H. Murata et al., Chem. Mater. 18, 2625 (2006)).

高温領域の熱容量測定は微少試料用断熱型熱量計を用いて,また,低温領域の熱容量測定は Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS 6000 を用いて行いました. さらに,磁気熱異常の磁場依存性を調べるため,緩和型熱量計では磁場中での熱容量測定も行いました.

Fig. 2 に断熱法による熱容量測定結果を示します. 120 K 付近に非常にブロードな熱異常が観測されました. この温度付近では磁化率に特に異常は見られなかったので,この熱異常は磁気的なものではなく,おそらく F4BImNN 分子の何らかの秩序化によるものと思われますが,はっきりしたことはわかりません. Fig. 3 は低温領域での熱容量の磁場依存性です. 0.72 K に磁気相転移による熱容量ピークが見出されました. 磁気相転移による熱容量ピークが磁場と共に低温側へシフトしているので,観測された磁気相転移は反強磁性相転移であることがわかります. Fig. 4 は反強磁性磁気相転移温度 TN の磁場依存性を示したものです. 一般に,TN(H) = TN(0) [1 − (H/Hc)α ] ξ の関係式が成り立つので,この式をデータにフィットしてパラメータを求めたところ,TN(0) = 0.717 ± 0.001 K, Hc = 1.81 ± 0.07 kOe, α = 1.7 ± 0.1, ξ = 0.31 ± 0.05 となりました. 臨界磁場 HcHc ≈ (2z|Jinter|S2/B)1/2 と表されるので,鎖間磁気相互作用は zJinter /kB = −0.12 ± 0.01 K と求まりました. 残念なことに,一次元磁性体特有の幅広い温度領域にわたる短距離秩序による磁気熱異常のために,今回,正確な格子熱容量を決定することができませんでした. 今後,非磁性同族体である F4BImNNH3 の熱容量を測定する予定で,F4BImNN の格子熱容量を求めて磁気熱容量を計算し,磁気エントロピーや磁気構造に関する詳細な解析を行いたいと思います.

(宮崎裕司)

発 表

H. Murata, Y. Miyazaki, A. Inaba, A. Paduan-Filho, V. Bindilatti, N. F. Oliveira Jr., Z. Delen, and P. M. Lahti, J. Am. Chem. Soc. (2007) in press.

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