Fig. 1. Molecular structure of DOT.
Fig. 2. (Click to enlarge.)
Heat capacity of DOT• + · FeCl4− by adiabatic calorimetry.
Fig. 3. (Click to enlarge.)
Heat capacities of DOT• + · FeCl4− under magnetic fields.
Solid curve indicates the lattice heat capacity. For the sake of clarity, the
heat capacities except for the zero-field heat capacity are shifted upwards.
Fig. 4. (Click to enlarge.)
Magnetic heat capacities of DOT• + · FeCl4− under magnetic fields.
For the sake of clarity, the magnetic heat capacities except for the zero-field
magnetic heat capacity are shifted upwards.
無機物質ではなく,有機物質が主役を担う「分子磁性体」は,基礎・応用の両面において盛んに研究されている分野です. 大抵は有機ラジカルや電荷移動錯体,金属錯体などを単独で利用して分子磁性体を合成する場合が多いのですが,最近ではこれらの物質を組み合わせて合成するという方法がとられてきており,さらに多様な機能・物性をもつ分子磁性体が合成・研究されています(本レポート 1998年 (No. 19) 研究紹介10参照).
今回の研究対象である分子磁性体 DOT• + · FeIII Cl4− (DOT = 2,2′:6′,2″-dioxytriphenylamine, Fig. 1) は,陽イオンラジカルである DOT• + と陰イオン FeIII Cl4− から構成されています. 単結晶による磁化率測定から,8 K で反強磁性相転移を起こすことがわかっています. 私たちは,この分子磁性体の磁気的性質を調べるために熱容量測定を行いました.
熱容量測定には,高温領域では微少試料用断熱型熱量計を,低温領域では Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS 6000 を使用しました. また,緩和型熱量計では磁場中での熱容量測定も行いました.
Fig. 2 は断熱法による熱容量の測定結果です. 250 K 付近に非常になだらかな熱異常が見られます. この温度付近では磁化率に特に異常がないことから,おそらく FeCl4− イオンの配向秩序化によるものと思われますが,はっきりしたことはわかりません. Fig. 3 に零磁場および磁場中での熱容量を示します. 6.82 K に磁気相転移による熱容量ピークが観測されました. この熱容量ピークは磁場と共に低温側へシフトしていることから,この磁気相転移は反強磁性磁気相転移であることがわかります. また,0.62 K にも小さな熱容量ピークが見られます. この熱容量ピークもピーク温度の磁場依存性から反強磁性相転移によるものなのですが,全体の磁気熱異常からすると,その寄与は非常に小さく,おそらくごく微量含まれる不完全結晶によるものでしょう.
磁気相転移の影響のないと思われる 9 〜 15 K の零磁場での熱容量データから格子熱容量を決め(Fig. 3 中の実線),全体の熱容量から差し引くことにより,磁気熱容量を計算しました(Fig. 4). 零磁場での磁気熱容量から磁気エントロピーを求めたところ,13.4 J K−1 mol−1 となりました. DOT• + イオンおよび FeCl4− イオンはそれぞれ S = 1/2, 5/2 のスピンをもつので,磁気エントロピーとして Rln(2×6) (= 20.7 J K−1 mol−1) の値が期待されますが,実際はむしろ Rln5 (= 13.4 J K−1 mol−1) の値に非常に近くなっています. このことは,つまり,DOT• + イオンと FeCl4− イオンのスピン間に強い反強磁性相互作用が働き,結果として S = 2 のスピンのように振る舞い,それが 6.82 K で反強磁性相転移を生じることを示唆しています. 似たような挙動が分子磁性体 MnIICuII(obbz) · nH2O (n = 1, 5) でも観測されました(本レポート 1995年 (No. 16) 研究紹介1参照). さらに,全体の磁気エントロピーに対する転移温度より高温の磁気エントロピーの比が 34% であることから,DOT• + · FeCl4− が三次元面心立方格子(J/kB = −0.41 K)または三次元体心立方格子(J/kB = −0.50 K)の磁気構造を有することがわかりました.
このように,熱容量測定から DOT• + · FeCl4− の磁気的性質を詳しく解明することができました. 今後,いくつかの類似化合物の熱容量測定を行い,磁気的性質についてさらに調べていく予定です. なお,この研究は大阪市立大学の岡田惠次教授のグループとの共同研究です.
藍 孝征,宮崎裕司,倉津将人,鈴木修一,小嵜正敏,岡田惠次,稲葉 章,第43回熱測定討論会(札幌),1B1020 (2007).
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