磁性体は紀元前から存在が知られており,日常生活の様々な場面に用いられています. 近年,磁性体をナノサイズまで最小化するという試みが行われています. これは,ナノスケールの磁性体が磁気デバイスの最小化という応用面で魅力ある性質をもつだけでなく,超常磁性や量子磁気トンネリング(QMT)など,バルク磁性体では現れなかったナノサイズ特有の物性が見られ,基礎研究としても興味ある対象となっているからです.
Fig. 1. (Click to enlarge.)
Structure of Ni-MNC in amorphous SiO2.
今回紹介するアモルファスSiO2中のNi(OH)2モノレイヤーナノクラスター(以下Ni-MNCと省略)は,バルクを細分化して微小粒子を得るトップダウン方式によって作られたナノスケール磁性体です. Ni-MNCはNiCl2水溶液とNa2SiO3水溶液を混合してできたゲルを100 ℃で乾燥することによって得られます. その構造はFig.1に示すように,単層でナノサイズのNi(OH)2が均一なアモルファスSiO2によって取り囲まれています. バルクNi(OH)2はNi2+イオン(S = 1)の三角格子から成る層状構造をしており,面内は強い強磁性的相互作用,面間は反強磁性的相互作用をもちます. 熱容量測定からTN = 25.75 Kに反強磁性相転移が見出されており,結晶サイズが小さくなるにつれ,相転移による熱容量ピークが低温側にシフトしてブロードになることが知られています(M. Sorai et al., J. Chem. Thermodyn. 1, 119 (1969)).
Ni-MNCは,磁気測定の結果から100 K以下で超常磁性になり,約10 Kで強磁性相転移を示すことがわかっています. また,強磁性相転移温度とほぼ同じ温度で磁化の凍結が観測され,その温度以下ではQMTも見出されています. さらに,熱容量測定から20 K付近に熱異常が見られ,それが強磁性的相互作用によるものであることを以前報告しました(本レポート2002年研究紹介2). 今回,私たちはNiCl2水溶液とNa2SiO3水溶液の混合比を変えて合成したNi-MNCの熱容量測定を行うことにより,20 K付近での熱異常に違いを見出しました.
Fig. 2. (Click to enlarge.)
Apparent heat capacities of Ni-MNCs in samples A, B, and C.
Fig. 3. (Click to enlarge.)
Magnetic heat capacities of Ni-MNCs in samples A, B, and C.
Ni-MNCは0.03 mol dm−3 NiCl2水溶液と0.03 mol dm−3 Na2SiO3水溶液を800 cm3 ずつ混ぜたもの(以下サンプルA),0.03 mol dm−3 NiCl2水溶液と0.05 mol dm−3 Na2SiO3水溶液を800 cm3 ずつ混ぜたもの(以下サンプルB),0.03 mol dm−3 NiCl2水溶液と0.1 mol dm−3 Na2SiO3水溶液を800 cm3 ずつ混ぜたもの(以下サンプルC)をそれぞれ調整し,緩和型熱量計(Quantum Design 社製 PPMS6000)を用いて熱容量測定を行いました.
Fig.2はサンプルA,B,Cの全体の熱容量からアモルファスSiO2の熱容量を差し引いたNi-MNCの見かけの熱容量です. それぞれのサンプルで20 K付近にブロードな熱異常が見られました. 磁気熱容量を見積もるため,80 – 100 Kの温度領域を5 自由度と10 自由度のデバイ関数でフィッティングし,これを正常熱容量として決めました. 得られた正常熱容量をNi-MNCの見かけの熱容量から差し引き,磁気熱容量としました. 得られた異常熱容量をFig.3に示します. Ni2+イオン(S = 1)のスピン系で予想されるエントロピー変化はRln3 = 9.134 J K−1 mol−1であると期待されます. しかし,サンプルごとの異常熱容量のエントロピー変化はサンプルA(ΔS = 7.739 J K−1 mol−1),サンプルB(ΔS = 6.729 J K−1 mol−1),サンプルC(ΔS = 6.620 J K−1 mol−1)と,期待されるエントロピー変化より小さくなっています. これはNi-MNCのスピングラス的な挙動によるものと考えられます. また,サンプルごとのエントロピー差はスピングラス的挙動の度合いを示しているものと思われます. スピングラスの挙動はクラスターサイズに依存するので,サンプルA,B,Cのエントロピー差はNi-MNCのサイズの違い,つまり,サンプル合成時のSi化合物の割合を増やすことによってサイズが小さくなることを示唆しています. 今後,これらのサンプルについてX線回折実験を行い,Ni-MNCの粒径を調べる予定です.
丸岡俊和,宮崎裕司,一柳優子,稲葉 章,第43回熱測定討論会(札幌),2A1440 (2007).
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