混合原子価プルシアンブルー錯体
K0.2MnII0.66MnIII1.44 [FeII0.2FeIII0.8(CN)6]-
O0.66(CH3COO)1.32· 7.6H2Oの
熱容量と磁気相転移

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Heat capacity of K0.2MnII0.66MnIII1.44 [FeII0.2FeIII0.8(CN)6]- O0.66(CH3COO)1.32· 7.6H2O by adiabatic calorimetry.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacities (upper) and magnetic heat capacities (lower) of K0.2MnII0.66MnIII1.44 [FeII0.2FeIII0.8(CN)6]- O0.66(CH3COO)1.32· 7.6H2O under magnetic fields. Solid curve indicates the lattice heat capacity. Broken curve shows the spin wave heat capacity with an energy gap.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Heat capacities divided by temperature (upper) and temperature drift rates (lower) of K0.2MnII0.66MnIII1.44 [FeII0.2FeIII0.8(CN)6]- O0.66(CH3COO)1.32· 7.6H2O.

無機化合物の元素の多様性と有機化合物の優れた分子性・設計性の両方を兼ね備える金属錯体の中で,最近,いわゆる「プルシアンブルー錯体」が注目を集めています. 特に,Mx AIIy [BIII(CN)6] ·nH2O (M+ : アルカリ金属イオン, A2+ : 2価の遷移金属イオン, B3+ : 3価の遷移金属イオン) で表される「混合原子価プルシアンブルー錯体」は,金属イオンの組み合わせによっては非常に大きなヒステリシスとスピン状態の変化を伴う電荷移動相転移や,光を照射することによって金属間電子移動が起こり,スピン状態が変化する,いわゆる「磁気光効果」を示すものが合成されており,新しい磁気メモリーの候補として盛んに研究が行われています.

今回,インドの Visva-Bharati 大学の Bhattacharjee 博士との共同研究で,新しいタイプの混合原子価プルシアンブルー錯体 K0.2MnII0.66MnIII1.44 [FeII0.2FeIII0.8(CN)6]- O0.66(CH3COO)1.32· 7.6H2O について熱容量測定を行いました. この錯体は,これまでの磁気測定から,10 K 付近にフェリ磁性相転移が観測されており,さらに 3 K 付近に別の磁気異常が見られ,0.7 T 以上の磁場で消失することがわかっています.

熱容量測定は高温側を断熱法で,低温側を緩和法で行いました. 緩和法による測定では,磁場中での測定も行いました. 断熱法による測定は,研究室既設の微少試料用断熱型熱量計を用いて,0.18265 g の試料量で行いました. また,緩和法による測定は,市販の装置(Quantum Design 社製,PPMS 6000)を用いて,5.5994 mg の試料量で行いました.

Fig. 1 は断熱法による熱容量の測定結果です. 194 K 付近にガラス転移特有のステップ状の熱異常と発熱から吸熱に転じる温度ドリフトが観測されました. このガラス転移については,後で詳しく述べます. Fig. 2 に低温領域での熱容量および磁気熱容量の磁場依存性を示します. 7.5 K にフェリ磁性相転移による熱容量ピークと 2.1 K に強磁性相転移による小さな熱容量ピークが観測されました. 15 K 以上の零磁場での熱容量を温度の3次以上の奇数次の多項式と磁気相転移の高温側の短距離秩序を表す温度の−2乗の項,および MnIII の磁気異方性に起因するショットキー熱容量にフィッティングさせることによって格子熱容量を決定し(Fig. 2 中の実線),MnIII の一軸性零磁場分裂パラメーターは D/kB = 14.7 K と求まりました. 磁気熱容量からはっきりとわかる2つの熱容量ピークの磁場依存性には,それぞれフェリ磁性相転移および強磁性相転移の特徴が表れています. また,2.1 K の強磁性相転移による熱容量ピークが 0.7 T 以上の磁場で消失していますが,このことは磁気測定結果と一致しています. MnIII の磁気異方性から生じるスピン波熱容量(Fig. 2 中の破線)を用いて零磁場における磁気エントロピーの値を求めたところ,29.2 J K−1 mol−1 となり,本錯体で期待される磁気エントロピーの値 R(0.66ln6 + 1.44ln5 + 0.2ln1 + 0.8ln2) = 33.7 J K−1 mol−1 に近い値となりました.

Fig. 3 はガラス転移温度付近の熱容量と温度ドリフト速度です. 急冷した試料では,180 K 付近で発熱温度ドリフトが最大になり,ガラス転移温度で温度ドリフトが発熱から吸熱に転じています. 180 K で発熱温度ドリフトがなくなるまで2日間アニールした試料では,その温度以上に大きな吸熱温度ドリフトが現れました. これはガラス転移現象に典型的な現象です. 発熱温度ドリフトから計算された緩和時間をアレニウスプロットして活性化エンタルピーを求めたところ,52.9 kJ mol−1 となりました. この値はいくつかの含水結晶における結晶水の再配向運動に関する活性化エンタルピーの値に近いので,今回観測されたガラス転移は本錯体の結晶水の再配向運動の凍結によるものであると言えます. 興味深いのは,本錯体中の FeII と FeIII の濃度比がこのガラス転移温度付近で急激に変化していることです(A. Bhattacharjee et al., J. Magn. Magn. Mater. 302, 173 (2006)). このことは,本錯体中の水分子の再配向運動が金属間の電子移動に大いに影響を及ぼしていることを示唆しています.

(宮崎裕司)

発 表

A. Bhattacharjee, S. Saha, S. Koner, and Y. Miyazaki, J. Magn. Magn. Mater. 312, 435 (2007).

Copyright © Research Center for Structural Thermodynamics, Graduate School of Science, Osaka University. All rights reserved.