θ型BEDT-TTF電荷移動塩の
低温領域での熱容量

有機伝導体は,ドナー (D) 分子もしくはアクセプター (A) 分子からの電子の授受によって形成された電荷移動錯体です. 特にTTF型の骨格をもつBEDT-TTF, TMTSFなどのドナー分子が無機アニオンと組み合わさってできた電荷移動塩はその数と多岐にわたる物性から興味がもたれています. 1:1および2:1などの比較的簡単な組成をもつ塩が形成されており,これらの塩では,ドナー分子がつくるバンドは1/4もしくは1/2フィリングとなるため金属状態となることが期待されます. 実際に,α-(BEDT-TTF)2 MHg(SCN)4 (M = K, Rb, NH4)やθ-(BEDT-TTF)2 I3など低温まで良い金属状態を示します. しかし,こうした有機伝導体の中には,電子間の強相関効果によって低温で絶縁化するものがあります. 強相関効果による絶縁化現象には大きくわけてMott絶縁化と電荷秩序化という2つのタイプがあります. 前者はバンドの丁度真中まで電子が詰まった状況でオンサイトの斥力が働く場合に,後者は表題のθ-塩のような1/4フィリングの場合に典型的に現れる現象です. 後者の場合には,オンサイトでのクーロン反発だけでなく,隣接サイト間の電子のクーロン相互作用が働く事によって絶縁化が生じると考えられています.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) CpT −1 vs T 2 plot of θ-(BEDT-TTF)2 MZn(SCN)4 (M = Rb, Cs). The rapidly cooled M = Rb salt has a finite γ value, while the slowly cooled M = Rb and M = Cs salts do not.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) CpT −3 vs T plot of θ-(BEDT-TTF)2 MZn(SCN)4 (M = Rb, Cs). The large peak of CpT −3 is observed around 3 K. This peak demonstrates the strong coupling of charge fluctuations and lattice vibration.

我々は,典型的な2次元電荷移動塩である(BEDT-TTF)2 X系の電子状態に興味をもって研究しています. 一連のBEDT-TTF塩のうち,θ-(BEDT-TTF)2 MZn(SCN)4という物質はBEDT-TTF分子はa 軸とc 軸方向に積層し,結晶学的に等価な配列をしています. M = Rb (Rb塩) では195 Kで1次の相転移がおこり,金属状態から絶縁体状態に変化します. この絶縁化はNMR,X線回折等の結果から隣接サイト間のクーロン斥力による電荷秩序化の相転移と,それに伴うBEDT-TTF分子の配列パターンが変化する構造転移が同時に起こっている事がわかっています. このRb塩を急冷 (10 K min−1) すると電荷秩序が抑えられ金属的な状態が保持され,ミクロなレベルの乱れが入り,それと同時に電荷の揺らぎが存在する金属状態になると考えられます. また,M = Cs (Cs塩) では相転移はおこりませんが,電気抵抗が急激に大きくなり,やはり電荷ゆらぎの大きな秩序化する直前の状態になっていると考えられます. 私たちは,このRb塩の徐冷相 (0.1 K min−1) と急冷相 (10 K min−1) とCs塩を対象に熱測定を行いました.

Fig. 1に示したのはθ-(BEDT-TTF)2 MZn(SCN)4 (M = Rb, Cs) の熱容量結果をCpT −1 vs T 2でプロットしたものであり,挿入図は低温の拡大図となります. Rb塩・Cs塩共に低温でCpT −1のアップターンが観測されました. 極低温でのアップターンは不純物スピンに起因したショットキー型熱容量の寄与であると考えられます. これは磁場中熱容量結果から明らかであり,磁場をかけていくと低温でのCpT −1の上昇は抑制され,ブロードな山が高温側に動いて行きます. 急冷相と徐冷相の大きな相違はFig. 1のプロットの切片に現れています. 不純物スピンの寄与を除去した低温熱容量はCpT −1 = γ + βT 2で記述されます. β は格子振動に起因したデバイのT 3則による項で,γ は一般的にはフェルミ面近傍の電子の状態密度に比例した項になります. 急冷Rb塩のγ は14.8 mJ K−2 mol−1もの大きな値であり,低温で超伝導になるκ-(BEDT-TTF)2 Cu(NCS)2での正常状態でのγ は23 mJ K−2 mol−1程度である事が知られており近い値になっています. このような大きなγ 項はフェルミ面近傍に存在する電子の状態密度に起因したと考えられ,急冷Rb塩では金属的状態がのこり,ある程度の大きさを持つドメイン中に局在している状態と考えられます.

一方,Cs塩ではRb塩に比べて低温での格子熱容量がはるかに大きくなります. Fig. 2にCpT −3 vs Tのプロットを示していますが,約3 K付近に大きな山が存在します. 誘電測定やNMRで観測されたような速いタイムスケールの電荷ダイナミックスは熱容量測定では直接観測できませんが,この塩の場合,このような電荷揺らぎが格子系と強く結合し低エネルギーのフォノンを増幅しているためではないかと考えられます.

(中澤康浩)

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