ガラスや結晶多形の極低温熱容量
— 5*CBおよび8*OCB —

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Cp /T 3 plot of 5*CB below 20 K. The glass of the liquid crystal and the metastable crystal show excess heat capacity below 1 K.

Table 1. (Click to enlarge.) The summary of the coefficients in the equation Cp = c1T + c3T 3 obtained by fitting to the low-temperature heat capacities of 5*CB and 8*OCB. The Debye temperatures are calculated from the coefficients c3, assuming that the degree-of-freedom is 3N. Table 1

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Low-temperature heat capacities of 5*CB after the subtraction of the Debye heat capacity. The glass of the liquid crystal has significantly large excess heat capacity above 1 K.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Cp /T 3 plot of 8*OCB below 20 K. The glass of the isotropic liquid and the stable crystal (C1) show excess heat capacity below 1 K.

結晶の極低温熱容量(1 K以下)はデバイの理論(T 3則)に従います. しかし,ガラスではデバイ則に従わず,過剰熱容量があることが知られています. また1 K以上にも,ガラスに特有な過剰熱容量が知られており,これは分光学的に1 – 5 meV付近によく観測される低エネルギー励起(いわゆるボゾンピーク)に対応するものと考えられています. そこで,同じ物質の秩序の度合いが異なると思われる複数の相で極低温熱容量にどのような違いが現れるかに興味をもち,多形やガラス状態が得られる物質を取り上げ調べてみました.

そもそもの発端は,5*CBの低温熱容量(5 K以上)を測定したところ,70 K以下で,ガラス性の準安定結晶が安定結晶よりも小さな熱容量を示したことにあります(2006年の本レポート (No. 27) ,研究紹介10). より低温で何が起こっているのかを調べるべく,0.35 K – 20 Kの各相の熱容量測定を行ったわけです.

20 K以下の熱容量をCp /T 3プロットでFig. 1に示します. まず,1 K以下の熱容量に注目すると,液晶ガラスおよびガラス性の準安定結晶が明瞭な過剰熱容量を示していることがわかります. これに対して,安定結晶は素直にデバイ則に従っているように見えます. ガラスで観測される1 K以下の過剰熱容量は温度に比例すると一般に言われているため,液晶ガラスと準安定結晶の1 K以下の熱容量をCp = c1T + c3T 3でフィットしてみたところ良いフィッティング結果を得ました. この式の第2項はデバイの熱容量になっているため,c3から単純に(自由度を3Nとして)デバイ温度を導出すると,準安定結晶のデバイ温度は61.4 Kとなりました. 一方,安定結晶の1 K以下の熱容量をCp = c3T 3でフィットして得られたデバイ温度は57.4 Kとなり,準安定結晶よりもデバイ温度が低いという結果になりました (Table 1) . デバイ温度はその物質の密度を反映し,デバイ温度が高いほど密度が大きくなります. 今回の結果から,準安定結晶が安定結晶よりも大きな密度をもつことがわかりました. この密度の違いが5 K付近で準安定結晶の方が安定結晶よりも小さな熱容量をもっていた原因と考えられます. 通常は,同じ結合様式であるなら,準安定結晶の方が分子のパッキングが緩く,密度が小さいと考えられますので,この結果は珍しいものといえます.

次に過剰熱容量を評価するために,デバイ温度から逆算したデバイ熱容量を各相の熱容量から差し引いたものをFig. 2に示しました. ここから1 K以上の熱容量を比べると,液晶ガラスが顕著な過剰熱容量を示していることがわかります. これに対して,2つの結晶間には際立った熱容量の差は見られませんでした.

5*CBについて上記の結果が得られたわけですが,結果の一般性を考えるために,類似化合物の測定を続けて行いました. 対象としたのは8*OCBという有機物で,6 K以上の熱容量については既に解説があります(2002年の本レポート (No. 23) ,研究紹介13). この化合物の多形は5*CBと類似していますが,液晶相をもたない点と,2つの結晶の安定性(ギブスエネルギー)が240 Kを境に入れ替わるという点で5*CBとは異なります. 混乱を避けるため,240 K以下で安定な結晶を“C1”,240 K以下で準安定な結晶を“C2”と呼びます. C2はガラス性の結晶でもあります. Fig. 3に20 K以下の各相の熱容量を示しました. 液体ガラスは5*CBの液晶ガラスと同様に1 K以下で過剰熱容量を示します. 興味深いのは2つの結晶相です. 8*OCBでは安定結晶であるC1が1 K以下で過剰熱容量を示し,ガラス性結晶のC2がむしろ過剰熱容量がないように見えます. C1はこれまでのところガラス性結晶である証拠が見つかっておらず,この過剰熱容量の起源が注目されるところです.

本研究は,ポーランドのクラクフ核物理研究所との共同研究です.

(鈴木 晴,稲葉 章)

発 表

H. Suzuki, A. Inaba, J. Krawczyk, and M. Massalska-Arodź, the 62nd Calorimetry Conference (Hawaii, USA) poster #87 (2007).
鈴木 晴,稲葉 章,J. Krawczyk,M. Massalska-Arodź,第43回熱測定討論会(札幌),P26 (2007).

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