C60−シクロヘキサン溶媒和結晶の
熱容量と相転移

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) Crystal structures of AB13- and AB2-types.

二種類の大きさの異なる球状粒子からなるコロイド粒子や合金系では,Fig. 1 に示されるように,球の半径比が 0.5 〜 0.8 のときに AB13 型(立方晶系)および AB2 型(六方晶系)と呼ばれる結晶相(A:大きな粒子,B:小さな粒子)が現れることが知られています. 特に興味深いのは AB13 型結晶で,13個の B 粒子が有心正二十面体を形成し,A 粒子は24個の B 粒子によって完全に囲まれており,A 粒子同士が直接接触できない構造になっています. 炭素の同素体である代表的な球状フラーレン C60 は半径比が上記の範囲に入る球状有機分子であるシクロヘキサンや四塩化炭素と AB13 型や AB2 型の溶媒和結晶を生じることが報告されており,当研究センターでもこれらの溶媒和結晶に関する熱力学的研究を行ってきました(本レポート 1994年 (No. 15), 1995年 (No. 16), 1997年 (No. 18) 参照).

以前,断熱法による C60−四塩化炭素溶媒和結晶 C60 (CCl4)13 の精密熱容量測定を行い,3つの固相間相転移を見出しました. 今回,C60−シクロヘキサン溶媒和結晶について,断熱法による精密熱容量測定を行いましたので紹介します.

熱容量測定には,室温で C60 のシクロヘキサン飽和溶液から非常にゆっくりと結晶化させることによって得られた,平均 1×1×1 mm3 の立方体状の濃紫色結晶を用いました. 熱容量測定は,研究室既設の微少試料用断熱型熱量計を用いて行いました. また,測定後に溶媒和結晶を 100 ℃ のアルゴン雰囲気中で乾燥して C60 の質量を求め,測定されたシクロヘキサン溶媒の転移エンタルピーの値を用いて溶媒和結晶の組成を決定しました.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Heat capacities of C60 (C6H12)13 (upper) and C60 (C6H12)2 (lower) crystals in cyclohexane solution.

Fig. 3 Fig. 3. (Click to enlarge.) Heat capacities of C60 (C6H12)13 (upper) and C60 (C6H12)2 (lower) crystals.

Fig. 2 にシクロヘキサン溶液を含んだ C60−シクロヘキサン溶媒和結晶の熱容量測定結果を示します. 119.7 K に C60 (C6H12)13 結晶の相転移による非常に鋭いピークが観測されました(Fig. 2 上). また,342 K にも大きな吸熱を伴うピークが見られましたが,これは C60 (C6H12)13 結晶が C60 (C6H12)2 結晶へと分解する包晶点に対応するものと考えられます. この包晶点における非調和融解エンタルピーは 65.13 kJ mol−1 と求められました. 186.2 K と 279.8 K の熱容量ピークはそれぞれシクロヘキサンの相転移および融解です. 観測されたシクロヘキサンの転移エンタルピーの値と測定後の試料を乾燥して得られた C60 の質量から溶媒和結晶の組成を求めたところ,C60 : C6H12 = 1 : 12.9 となり,測定を行った結晶がほぼ理想的な C60 (C6H12)13 結晶であることが確認されました. 一方,包晶点より高温で生成した C60 (C6H12)2 結晶を急冷したところ,包晶点以下の温度で準安定的に C60 (C6H12)2 結晶を得ることができました(Fig. 2 下). シクロヘキサンの相転移と融解による大きな熱容量ピーク以外に,131.0 K と 152.2 K に C60 (C6H12)2 結晶の相転移によると思われる比較的小さな二重のピークが見出されました. また,250 K 以上で C60 (C6H12)13 結晶への安定化による大きな発熱現象が見られました. C60 (C6H12)13 結晶のときと同様の方法で結晶組成を求めたところ,C60 : C6H12 = 1 : 2.0 となり,間違いなく C60 (C6H12)2 結晶であることが確認されました.

Fig. 3 は熱容量測定データからシクロヘキサンの熱容量の文献値を差し引いて求めた C60 (C6H12)13 結晶(Fig. 3 上)と C60 (C6H12)2 結晶(Fig. 3 下)の熱容量です. C60 (C6H12)13 結晶と C60 (C6H12)2 結晶の相転移の転移エンタルピー・エントロピーを求めたところ,C60 (C6H12)13 結晶がそれぞれ 24.69 kJ mol−1, 206.6 J K−1 mol−1,C60 (C6H12)2 結晶がそれぞれ 4.549 kJ mol−1, 31.83 J K−1 mol−1 となりました. これらの転移エントロピーの値を純粋な C60 結晶およびシクロヘキサン結晶の柔粘性結晶相への転移エントロピーの文献値( C60 : 45.4 J K−1 mol−1,C6H12 : 35.9 J K−1 mol−1 )から予想される値( C60 (C6H12)13 : 512.1 J K−1 mol−1,C60 (C6H12)2 : 117.2 J K−1 mol−1 )と比較すると,何れも小さな値となっています. 転移エントロピーを求める際のベースラインの見積もりに任意性があるので,C60 結晶とシクロヘキサン結晶が共に柔粘性結晶相にある 279.8 K における C60 (C6H12)13 結晶と C60 (C6H12)2 結晶の全エントロピーを比較することにしました. C60 (C6H12)13 結晶と C60 (C6H12)2 結晶の全エントロピーはそれぞれ 2.722 kJ K−1 mol−1, 724.5 J K−1 mol−1 となり,C60 結晶とシクロヘキサン結晶の全エントロピーの文献値から予想される値(2.783 kJ K−1 mol−1, 751.6 J K−1 mol−1)と比べると,やはり小さな値になりました. したがって,それぞれの溶媒和結晶中では,C60 分子とシクロヘキサン分子は C60 結晶およびシクロヘキサン結晶中の分子ほどには回転無秩序状態になっていないことがわかりました.

(宮崎裕司)

発 表

宮崎裕司,長野八久,第43回熱測定討論会(札幌),2B1540 (2007).

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