低次元スピン系CuGeO3の熱輸送特性

Fig. 1 Fig. 1. Crystal structure of CuGeO3.

Fig. 2 Fig. 2. Thermal conductivity of Cu1−xMgxGeO3 in the direction of the spin chain with various Mg concentraiton x.

Fig. 3 Fig. 3. Thermal conductivity of Cu1−xMgxGeO3 as function of x in the chain direction.

銅や銀など電子伝導が良好な固体の多くは,熱伝導性にも優れています. 良伝導体では,格子の振動(フォノン)のほかに電子の液体(フェルミ液体)も優れた熱伝導媒体になっていることがその理由です. スピンが三次元的に磁気秩序を形成した状態(スピンの固体)におけるスピン波励起(マグノン)も熱伝導媒体になりうることが知られていましたが,その熱伝導の大きさは低温でもフォノンの1割程度に過ぎず,熱媒体としてスピン系はメジャーな存在ではありませんでした. ところが,私たちの最近行った実験によって,低次元磁性体において低温で実現している“スピンの量子液体”では,スピン系がフォノンの何倍もの熱を伝えるということが明らかになったので,以下にその結果を紹介します.

実験に用いた物質は,無機スピンパイエルス物質として有名なCuGeO3です. Fig. 1のように,銅原子のスピン(S = 1/2)が鎖状に配列して,一次元スピン系を構成しています. この物質では,無機化合物のなかで特に一次元性が強いため,TSP = 15 Kにおいて,一次元鎖の銅原子間距離が交互に短くなって,磁性を失うというスピンパイエルス転移が起こります. 即ち,転移温度以上では,低次元磁性体特有の“スピンの量子液体”状態が実現しています. “スピンの量子液体”では,ある銅原子のスピンの向きが隣のスピンの向きに影響を与えるスピン相関がありながら,低次元性に起因する量子的な揺らぎがスピンの秩序を阻害しています.

この系でのスピン励起の伝わり方を明らかにするために,CuGeO3とCuサイトを部分的にMgに置換したCu1−xMgxGeO3の単結晶についてスピン鎖方向の熱伝導を測定しました. Mgはスピンがないので,スピン鎖を分断し鎖方向のスピン励起の伝導を遮断してしまいます.

低温領域で十分な温度測定の感度が得られるようにCernox抵抗温度センサーを用いて,10−6 Torr程度の真空中で熱伝導率の温度変化を測定しました. Fig. 2には様々なMg濃度の単結晶サンプルについて測定した熱伝導率κ の温度変化を,Fig. 3にはTSP 直上でのκ のx に対する変化を示しました. CuGeO3からMgの不純物濃度が増えるに従ってTSP 以上のκ は減少し,x = 0.03以上でほぼ一定となります. CuGeO3は絶縁体なので,電子の熱伝導はなく,フォノンとスピン励起が熱伝導を担います. x = 0.03程度のMgによってフォノンの熱伝導はあまり変化しないことが理論的に分かっていますので,Mg置換とともにスピン鎖が短くなるに従って急激に減少したのは,スピン励起による熱伝導であることになります. 結局,スピン励起による熱伝導はフォノンの4倍程度であり,簡単な計算によってスピン励起が散乱を受けずに進める平均自由行程は約300 nm(鉛の低温電子伝導の場合と同程度)にもなります.

このようにCuGeO3においてスピン系が主要な熱媒体になっていることが示された後,Sr2CuO3などのほかの系についても,低次元スピン液体の大きな熱伝導が報告されています. 今後,無機金属錯体のより理想的な一次元系におけるスピン熱伝導の研究など,更なる研究の発展が期待されます.

(竹谷純一)

発 表

竹谷純一,熱測定 34, 136 (2007).

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