グラファイト表面に吸着した
n-C8F18 単分子膜固体の構造と相転移

いろいろな界面(固液,気固界面など)に形成される凝縮相,いわゆる二次元固体はバルク固体とは異なる構造や熱力学的性質を示すことが分かってきています. 気固界面では,例として比較的炭素鎖の短いn-CnH2n+2 単分子膜における構造と融解温度に見られた偶奇効果,グラファイト表面上でのcommensurateな構造形成などが解明されつつあります. 本研究ではこれから行うn-CnF2n+2 単分子膜シリーズの第一弾として,n-C8F18 単分子膜の構造と相転移を研究室既設のX線回折装置,断熱型熱容量計を用いて調べました. n-CnF2n+2 分子はn-CnH2n+2 分子と比べ剛直性,らせん構造をもつことから,その吸着単分子膜は構造や熱的挙動にかなりの違いが見られると期待されます.

測定試料には,窒素の吸着等温線から求めた比表面積が16.6 m2 g−1のグラファイト(Papyex)を用い,X線回折測定用にはグラファイト(0.453 g)に対してn-C8F18 (4 μL),熱容量測定用にはグラファイト(1.84 g)に対してn-C8F18 (27.52 mg)を用い,グラファイト表面に被覆率約0.8のn-C8F18 単分子膜をつくりました. この被覆率は,後のX線回折測定の結果からわかったものです.

Fig. 1 Fig. 1. (Click to enlarge.) X-ray diffraction patterns obtained for the n-C8F18  monolayer on graphite, showing that there is a 2D solid-solid phase transition between 165 K and 170 K and a 2D melting between 170 K and 175 K.

Fig. 2 Fig. 2. (Click to enlarge.) Molar heat capacity of the n-C8F18  monolayer on graphite. Since the 2D solid-solid transition at 169.7 K and the 2D melting at 173.3 K are close to each other, the enthalpy and entropy change are estimated for both together.

Fig. 1に12 – 175 KでのX線回折測定の結果を示します. 12 – 170 Kでは回折角の高角側に裾を引いたブラッグピークが見られます. これは二次元的に秩序化した構造がランダムに配向して(ただし,今回の試料ではかなりの優先配向がある)集合体を形成した「二次元固体」からの回折に特徴的な形で,これから確かに単分子膜固体が形成されているのがわかります. そして12 – 165 K(低温相)と170 K(高温相)では異なる回折パターンを示すことから,違った二次元固体構造が形成されていることがわかります. 今のところ,その二次元格子は低温相がoblique(平行四辺形格子),高温相はrectangular(長方形格子)と思われます. さらに175 Kで回折パターンがブロードになることから,二次元固体が二次元液体に融解していることがわかります. 構造解析の結果得られた一分子当たりの占める面積も,昇温による熱膨張で次第に大きくなり,165 Kと170 Kの間で急激に変化していることから,二次元固相間で相転移が起こっていることが確認できました. また今回のX線構造解析からは,二次元固体のcommensurateな構造は確認できませんでした.

Fig. 2に100 – 200 Kでのn-C8F18 単分子膜の熱容量測定の結果を示します. 試料セルはもちろん,グラファイトからの熱容量寄与もすでに差し引いてあります. n-C8F18 単分子膜からの熱容量の寄与は全体の熱容量の約0.2%に過ぎません. このことがデータのバラツキの大きな原因です. しかしながら,X線回折測定の結果と非常によく対応して2つの熱容量ピークが観測され,二次元固相間転移が169.7 K,二次元融解が173.3 Kで起こることがわかりました. ここで,それぞれのエンタルピー変化,エントロピー変化を求めたいのですが,両者はきわめて近いので分離するのが困難なため,ここでは2つ併せて求めた値をFig. 2に記しました.

以上の結果,n-C8F18 単分子膜では二次元融解の直前に,n-C8H18 単分子膜では見られなかった固相間転移が見出されました. いまのところ,高温相は分子が長軸周りに回転する“rotator phase”と考えています. また,n-C8H18 単分子膜の二次元融解が三次元融解(T 3D = 216 K)よりわずかしか低下しないのに対し,n-C8F18 単分子膜の二次元融解温度は三次元融解温度(T 3D = 208 K)の約4/5となりました. 現段階ではn-C8F18 単分子膜とn-C8H18 単分子膜の比較を系統的行うにはデータが少な過ぎ,今後の一連のn-C8F18 単分子膜についての実験と解析が急がれます.

本研究の一部はケンブリッジ大学との共同研究です

(嶋田和将,稲葉 章)

発 表

嶋田和将,稲葉 章,第43回熱測定討論会(札幌),2B1440 (2007).

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