二次元固体の構造の制御は表面科学において重要な分野です.溶液から吸着相を成長させるとき,用いる溶媒によって得られる構造が異なる場合があるということが報告されています.それは基板,溶質,溶媒がそれぞれ相互作用し合う結果,それらのバランスによって吸着相の構造が決定されるためです.つまり溶媒の存在が二次元固体のself–assemblyに寄与しているといえます.特に溶媒の効果としていわれているのが共吸着です.実際STM(scannig tunnelig microscopy)による溶媒/溶質の共吸着の報告例は数多くあります.本実験は 10,12–pentacosadiyn–1–ol(25DYol, Fig. 1)の吸着相を溶媒の異なる溶液から成長させることで得て,STM によりそれらの構造を観察し,格子定数を計算しました.
溶媒にphenyloctane(PO),toluene(T),1–heptanol(7ol),および2–heptanol(7′ol)を用い,1 mM 程度の溶液を調整して,グラファイト基板に数滴(数 μL)滴下し,PO 以外は溶媒を完全に蒸発させて,STM観察を行いました.観察中の装置による像のひずみを除くために,吸着相を観察した後すぐに同じ場所のグラファイト基板を観察し,そのグラファイトの像をもとに吸着相の格子定数を計算しました.観察は全て常温,常圧で行いました.
得られたSTM像(溶媒は7ol)をFig. 2に,格子定数をTable 1に示します.7olから得られた吸着相の値は他の溶媒を用いたものと比べ,aが大きく,bが小さくなっています.一方で単位格子(含まれる分子数 = 2)の面積S( = absinγ)は似たような値が得られました.
Fig. 1 Chemical structure of 10,12–pentacosadiyn–1–ol
Fig. 2 An STM image of thin film of 10,12–pentacosadiyn–1–ol physisorbed on graphite.
Table 1 Lattice parameters. S is the area of unit cell(S = absinγ).
最初に述べましたように,吸着相の構造の違いの原因として,溶媒との共吸着が考えられます.しかし,今回の場合,Sがどの溶媒からのものでもほぼ等しいことから,少なくとも観察している層には溶媒が存在しないと考えられます.というのも,溶媒分子として最も小さいサイズであろう7ol分子が仮に層内に存在するとして,占める面積を予測してみますと,その値は0.4 nm2程度とかなり大きくなり,各溶媒から得られたSの間にそれほどの差がないためです.この値は,炭素原子と酸素原子の数から見積もりました.25DYolは単位格子中2分子で3.1 nm2を占め,1分子あたり炭素原子と酸素原子を合わせて26個含み,7olは8個含みます.これらから, (3.1 nm2/2)÷26×8 ≃ 0.4 nm2としました.
層内の共吸着がないとすると,考えられるのは層間の相互作用ですが,今回用いたPO以外の溶媒は揮発性が高く,基板に残らないと私たちは考えています.吸着相に溶媒分子が残っていないとすると,考えられるのは以下のようになります.溶液滴下後,7olと25DYolとがともに吸着しており,時間の経過とともに7olだけが蒸発つまり吸着相から消えます.その後も25DYolは7olが存在しているときの構造の履歴をもつためにこのような結果になる,ということです.今回用いた溶媒の中で水素結合を形成しそうなものには7′olもありますが,7olは特に末端に水酸基をもつため,25DYolと水素結合を安定に形成し得ると想像され,その構造に影響を与えているのだと考えられます.これは想像の域を出ませんが,可能性は高いと思います.
今回のような層内に溶媒分子が存在しないで吸着相の構造に違いが生じるという例は少ないのが現状です.メカニズムもまだまだ分かっていません.本研究は溶媒によるナノの世界の制御の大きな可能性を示唆しています.
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