研究紹介 14

カゴメ格子をもつ金属間化合物の熱容量

二次元の三角格子やカゴメ格子,三次元のパイロクロア格子化合物におけるスピンフラストレーションの問題は,理論,実験の両サイドから有機的な結びつきをもって進められています.磁気的なフラストレーションをもつこれらの化合物では,秩序構造の形成が阻害され,スピンが量子的に揺らいだ液体状態が形成されます.これまで,この熱学レポートでも,有機化合物の三角格子スピン系が液体状態になった状態を熱測定を用いて検証したことを報告してきました.スピンの液体状態は,励起構造の解明,隠れた自由度による低エネルギー領域での多様な相転移の可能性という観点からフラストレーションの問題の中で興味がもたれています.最近,新奇なスピン液体相を与える化合物として,先にもあげた有機物質のダイマー型のMott絶縁体となる二次元三角格子化合物である κ–(BEDT–TTF)2Cu2(CN)3やEtMe3Sb[Pd(dmit)2]2などの塩が注目されています.また一方で,無機化合物の中にも,天然に存在する鉱物でもあるVolborthite, Herbertsmithite, Vesignieiteなどカゴメ格子化合物などが人工的にも合成できるようになり,ホットなトピックスとして注目されています.

Fig. 1 Fig. 1. Structure of the two–dimensional Kagome lattice.

Fig. 2 Fig. 2. Low–temperature heat capacity of Cu3V2O7(OH)2·2H2O and Zn substituted compound. The large heat capacity due to S=1/2 spins at low temperatures is observable.

Fig. 3 Fig. 3. The CpT −1 vs T plot of the Cu2+ compound around 1 K. The kink structure indicative of a formation of short–range structure is observed.

今回,我々は,こうした鉱物系の化合物の中で,Volborthiteと呼ばれるカゴメ格子化合物に注目しました. Cu3V2O7(OH)2·2H2Oという組成になりCu2+が二次元のカゴメ格子(Fig. 1)を作っている化合物です.物性研の広井グループによって合成手法の進展により良質試料が作られるようになり幅広く研究が進められていますが,低温での熱容量に関しては明確なデータがなく興味がもたれるところです.試料が粉末状態でありペレット状に成型しても試料内の熱分布が大きくできてしまうようで,PPMSなどの装置でもなかなか絶対値を出すのが難しいようです.我々は,有機導体の微小結晶の熱測定を行うために開発した3He装置を用いて,熱分布が起こらないように出来るだけ薄く成型したペレット試料を用いて熱測定を行いました.1.5 mmの径で厚みが0.3 mm以下のものを用いたところ非常に再現性よく絶対値の良い測定ができました.緩和過程のカーブを評価したところすべて単一成分の緩和になっており,ここから決めた絶対値は正しいように思われます.Fig. 2にこのようにして測定したデータをCpT −1 vs Tのプロットで示します.スピンによるエントロピーが低温領域で大きく残っていることがわかります.高温部分を絶対ゼロ度に外挿すると大きな Y項を与えることになりスピン液体の特徴的な振る舞いが出ています.有機三角格子では,このような低温領域でもフォノンの寄与が大きくまたDebyeモデルの高次項まで含んだかたちの複雑な温度変化をしますが,格子の固い無機の結晶では10 K以下はDebyeの3乗則が成り立っていると考えて良さそうです.実際 CuのところをZnで置き換えた試料ではスピンの寄与がなくCuのスピン系の寄与が広い温度範囲にわたり存在していることがわかます.従って,スピンのエントロピーがかなり広い温度にわたり存在していることになります.

Fig.2からみてとれるように1 K付近でCpT −1の温度依存性が大きく変化します.この付近で,熱容量はキンク構造をとっているように見えますが,緩和カーブを見てみるとこの辺りで緩和時間が大きく変わっていることがわかります.長距離秩序ができるような相転移ではないのですが,低温領域付近における短距離的な相関の発達による隠れた秩序にもとづく相変化がおこっている可能性があります.物性研で行われたNMR測定などで緩和時間に大きな異常があることが知られており,熱測定の様子と矛盾なく理解できます.

Fig. 3に磁場をかけた場合の熱容量の変化を示しています.磁場によって,1 K以下の低温領域に存在していたエントロピーが高温領域に移動し,1 KでのCpT −1のキンク構造がぼやけていく様子をみることができる.スピン液体状態中で生じるこの相変化にどのような自由度が関わっているのかをエントロピー的に明らかすることは非常に重要です.現在,高温,さらに低温での測定に拡張しながらこの現象を明確にして行きたいと考えており実験が進行中です.

(山下智史,中澤康浩)

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