研究紹介 16

BEDT-TTF–BEDSe-TTF 混晶塩の高圧熱測定

ドナー分子またはアクセプター分子とその対イオンから形成される有機導体は,構成要素である有機分子の形状や積層方向による異方的な性質に加え,分子間力で結合した柔らかな格子をもつことから,外部圧力の影響を受けやすく,弱圧下で多彩な物性を示すことが知られています.ここでは,この様な有機導体の中で超伝導を示す物質に対する圧力下の熱測定について報告します.

Fig. 1 Fig. 1. CpT-1 vs T plot of κ–[(BEDT–TTF)1−x(BEDSe–TTF)x]2Cu[N(CN)2]Br (x ~ 0.1) at ambient pressure. A thermal anomaly related to the superconducting phase transition is observed around 6 K. The critical temperature shows a downward shift with the increase of magnetic fields.

Fig. 2 Fig. 2. CpT-1 vs T plot of κ–[(BEDT–TTF)1−x(BEDSe–TTF)x]2Cu[N(CN)2]Br (x ~ 0.1) under pressure of 3 kbar. We can see a thermal anomaly related to the superconducting phase transition around 4.7 K. The downward shift of critical temperatures by magnetic fields is also observed.

BEDT–TTFやBEDSe–TTFはドナー性の強い分子であり,一価の陰イオンと2:1の組成比で電荷移動錯体を形成して一分子あたり0.5価のホールをもちます.特に, κ型とよばれる配列構造をとる物質では,ドナー分子が強く二量体化することで,実効的に二量体あたり一個のホールをもつ電子状態となります.このような物質系における圧力印加の影響は,オンサイトクーロン反発エネルギーUとバンド幅Wの比U / Wによって支配されます.圧力を印加すると,オンサイトクーロン反発エネルギーUに比べてバンド幅Wが大きく増加し,U / Wは減少すると考えられています.したがって,圧力をパラメターとした実験を行うことにより,バンドの安定性と電子間のクーロン反発の大小関係をコントロールし,電子状態を大きく変化させることができます.

しかしながら,圧力下における熱測定は圧力媒体の存在により断熱条件の実現が難しく,有機超伝導体などのようにバンド状態になった電子の相変化を圧力下の熱容量で検出した例はほとんどありません.今回,我々は以前に本レポート(No.28 (2007) 装置の整備2)にて報告した方法を用いて超伝導転移の検出を試みました.センサーに用いた厚膜チップの感度が良好な温度領域で転移を示す κ型の有機超伝導体を測定するため,BEDT–TTFとBEDSe–TTFからなる混晶塩 κ–[(BEDT–TTF)1−x(BEDSe–TTF)x]2Cu[N(CN)2]Br (x ~ 0.1)の単結晶を用いました.

κ–[(BEDT–TTF)1−x(BEDSe–TTF)x]2Cu[N(CN)2]Brは有機超伝導体 κ–[(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2] (T c ~ 11.6 K)におけるドナー分子BEDT–TTFの一部をBEDSe–TTFに置換した混晶塩です.BEDT–TTFのS原子をSe原子に置換することによって内部圧力が印加されることから,BEDSe–TTFの占める割合xの増加に伴い,超伝導転移温度T cが降下し,x ~ 0.33では超伝導が抑制されることが知られています.測定を行ったx ~ 0.1の混晶塩では,常圧下において6.5 Kで超伝導転移が見られます.

はじめに,交流法による試料加熱時の周波数について,常圧下約6 – 20 Hzの条件下で測定を行ったところ,Tc ~ 5.9 K 付近に超伝導転移に伴う熱異常が観測されました.13.2 Hzの周波数で最も顕著な熱異常が見られましたが,有機導体は格子熱容量によるバックグラウンドが大きく,電子熱容量が関与する超伝導転移の検出は非常に困難となります.特に,圧力セルを用いた交流法による今回の測定では,S / N比の向上が大きな課題となっています.そこでヒーター関係のノイズを減少させるため,電流値を連続的に変化させることができるプログラマブル電流計を用い,ヒーター電流をゆっくりと掃引しながら連続的な温度制御を行いました.

まず,常圧下における結果をFig. 1に示します.温度勾配によって転移温度がやや上昇しましたが,Tc ~ 6.1 K付近に超伝導転移に伴う熱異常が見られました.また0.5,2 Tの外部磁場を印加して測定を行った結果,磁場の増加に伴う超伝導状態の抑制および転移温度の降下を確認することができました.

次に,3 kbarの圧力印加条件下における結果をFig. 2に示します.0 Tの場合には,Tc ~ 4.7 K付近に超伝導転移に伴う熱異常が観測されました.この結果から,圧力印加によって,超伝導が抑制され,転移温度が降下したことが示唆されます.また,4 Tまでの外部磁場を印加して測定を行った結果,外部磁場の増加に伴い超伝導状態が抑制され,転移温度が降下していく様子を確認することができました.

今回の実験では,ドナー分子の一部が置換された有機超伝導体の混晶塩について,熱容量測定による超伝導転移の検出と外部圧力および外部磁場の印加に伴う超伝導状態の抑制,転移温度の降下を確認することができました.今後は,S / N比の向上を目指した改善と共に,今回の混晶塩を用いた高圧下における測定,また異なる組成比の混晶塩を用いた圧力下熱容量測定を進めていきたいと考えています.

(所のぞみ,中澤康浩)

発 表

所のぞみ, 窪田 統, 山本 貴, 中澤康浩, 第45回熱測定討論会 (八王子), 2C1540 (2009).

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