よく知られた有機導体は有機ドナー分子とアニオン分子の組み合わせにより構成されるものが多く, それぞれが独立に鎖状もしくは平面状に積み重なった分離積層構造を作ります. この中で, 伝導性を担うのは主に有機分子のπ電子であり, 分子間の重なりを通して電子が移動します. そのため, TTF骨格を基本構造として有機ドナー分子に様々な化学修飾を施すことで伝導性を制御することを目的とした分子設計がされています. その一方で, アニオン分子の伝導性への影響も重要な要素となっています. 特にアニオン分子にFeBr4-(S = 5/2)のようなスピンを持つ分子を導入することで磁性と伝導性の共存した状態を作り出すことが出来ます. このような物質では, 局在スピンと伝導電子が相互作用することでλ–(BETS)2FeCl4における磁場誘起超伝導に代表されるような特異な性質を示すことも期待されています. そこで, 本研究では磁性と伝導性が共存するκ–(BETS)2FeBr4について特にアニオン層の磁性について詳しく研究しました.
Fig. 1. Molecular structures of BETS and FeBr4-
Fig. 2. Temperature dependence of heat capacity of κ-(BETS)2FeBr4 under magnetic fields. Magnetic fields are applied in three directions. The suppression of TN is the largest when magnetic field is applied parallel to the a axis.
Fig.3. Magnetic fields dependence of the heat capacity of κ-(BETS)2FeBr4. Magnetic fields are applied to the intermediate direction between the a and c axes. The antiferromagnetic transition temperature is shifted to lower temperature side with the increase of magnetic field.
本物質κ–(BETS)2FeBr2(Fig.1)は反強磁性転移温度(TN = 2.5 K)以下で超伝導転移(Tc = 1.1 K)が観測された初めての有機磁性超伝導体です. 超伝導状態と反強磁性秩序が共存することが期待されるため,アニオン層の磁性の制御が重要と考えられます. 伝導面は結晶のac面に対応し, 本研究では単結晶を用いてこの伝導面に平行に磁場を印加した条件での熱容量測定を行いました.
測定は以前センターの客員教授をされていたRostock大学のSchick教授らが開発しているチップカロリメータTCG-3880を使用した微少試料測定用セルを用いて交流法により行いました. このセルは, μg級の試料で測定できることに加えて, チップ上に試料を乗せて測定を行うことから試料をセルに対して平行に乗せることが出来るため, 横磁場を発生させるスプリットマグネットと組み合わせて用いることで伝導面に正確に磁場を印加できると考えられます.
以上の装置を用いて得られた測定結果をFig.2に示します. 2 Tの磁場をa軸方向からc軸方向にかけて測定しました. c軸方向に磁場を印加すると, ゼロ磁場下での結果から大きな変化は生じませんでした. 一方, a軸方向に磁場を印加した際に熱容量のピークは低温側に大きく変化しました. ac面に垂直に磁場を印加した条件での磁性、輸送現象測定では, ゼロ磁場下での結果からあまり変化がないということが報告されていますので, 磁場に対する応答はa軸方向に対して特異的であることが分かります. これは, 磁化率の測定によって反強磁性秩序状態ではFeBr4-に由来するスピンはa軸方向を容易軸として整列しているという結果に対応していると考えられます.
次にa軸とc軸の中間方向に磁場を印加した際の強度依存性の結果をFig.3に示します. 磁場を強くしていくことで熱異常は低温側へシフトしていき,4 Tで測定範囲内では熱異常は見られなくなりました. これらの熱容量の変化は一般的な無機化合物磁性体と同じような結果であることから, 本物質ではアニオン層の磁性が伝導電子に大きな影響を与えるのに対して, 伝導電子が存在することによるアニオン層の磁性への影響は少ないということが示唆されます. また, 今回の測定では反強磁性転移温度以下で現れる超伝導転移(1.1 K)による明確な熱異常を検出することはできませんでした. これは, 反強磁性転移に由来するエントロピーに対して超伝導転移に由来するエントロピーが非常に小さく, 加えて1 K近傍の極低温では, 安定した熱容量測定は非常に困難であるということが考えられ, これらの課題をこれから解決していきたいと考えています.
福岡脩平, 山下智史, 山本 貴, 中澤康浩, 小林昭子, 小林速男, 薬師久彌, 第45回熱測定討論会(八王子), 2B1040(2009).