研究紹介 18

Schick 型微小素子を用いた
有機超伝導体の熱測定

分子性導体は分子が分離積層型に配列した結晶格子をもちます.その中で電子は電子間の相互作用や電子格子間の相互作用によって,超伝導や反強磁性など多様な電子状態を形成します.このように分子性導体は興味深い性質を示すので,相転移の研究に有効なカロリーメトリが大変重要となります.ところが分子性導体は mg程度の単結晶を得ることができないものも多く,また多形が存在するため大量合成することもなかなか困難です.このため分子性導体の熱測定による研究を進めるためにも微小試料を高感度に測定する熱測定技術が必要となります.

Fig. 1 Fig.1 Block diagram of the detection system of the present calorimeter.

Fig. 2 Fig.2 Temperature dependence of the heat capacity of κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Br obtained under 0.5 Hz, 1 Hz, and 13 Hz. A glass transition temperature increased with an increase of the excitation frequencies.

Fig. 3 Fig.3 Temperature dependence of the heat capacity around the superconductive temperature of κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Br obtained under 0 T, 1 T, 4 T, and 7 T. The thermal anomaly under zero field is suppressed with the increase of magnetic field.

このような微小試料の測定を行うには試料ステージ,ヒーターそして温度計の小型化を行いアデンダの熱容量を小さくすることが重要となります.そこで今回の測定には一昨年の本レポート装置の整備3(2007年)で報告された微小チップを用いることにしました.この微小チップは以前センターの客員教授としておられたRostock大学のSchick教授らの研究グループが用いている市販汎用セルTCG-3880(Xensor Integration社製,Fig.1中央)で,半導体デバイスの作成に用いられている微細加工技術により微小チップ上に試料ステージ,ヒーターそして温度計を作成したMEMS型の熱測定素子です.アデンダの熱容量を小さくおさえることができています.

これまで我々の研究室ではこの微小チップをいくつかの試料の測定に用い,低温の測定に応用できるかについて検証を行ってきたのですが,さらに低い温度域の測定でも熱容量測定を行うことができるかを今回の測定で試してみました.またこの測定では温度制御を一昨年の本レポート装置の整備3(2007年)や昨年の本レポート装置の整備 2(2008年)で報告したものから変更し,プログラマブル電流装置によって定常電流をゆっくり掃引しながらヒーター加熱を行う温度変化を試みました.そのため測定装置の検出系はFig.1のようになりました.今回の測定を行った試料は μg程度の κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brという物質です.この物質は11.6 Kに超伝導転移温度を持つ有機超伝導体として知られており,またこの物質は末端エチレン基が100 K 付近で配座凍結に伴うガラス転移が観測されています.そこで我々は今回の測定で微小チップを用いて極めて微小量の κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brの超伝導転移とガラス転移の観測を行いました.

実験は微小チップに薄い板状結晶の κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brをごく微量のApiezon N グリスを用いて貼り付けて行い,直流電流のオンオフによって生じさせた矩形波を用いて試料の交流熱容量を測定しました.Fig.2はガラス転移の測定結果であり,Fig.3は超伝導転移の測定結果です.Fig.2の測定結果では周波数が大きくなるにつれて転移温度が高温側にシフトしていき,また転移の大きさは小さくなっていく様子が見られました.このような周波数依存性はガラス転移に特徴的な振る舞いであり,さらに今回の測定での転移温度は100 K付近であるため微小チップを用いることで末端エチレン基のガラス転移を観測することができたといえます.Fig.3の測定結果では11.5 K付近でピークが見られたことや磁場を印加することでピークが系統的につぶれていく様子が見られました.ピークの見られた温度や超伝導物質に特徴的なピークの挙動を示したことからこの測定結果は κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brの超伝導転移をあらわしているといえます.

今回の測定ではヒーターを変更し,熱交換ガスを除いた結果ノイズが減少しました.このため微小チップを用いることで微小量の κ–(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brのガラス転移と超伝導転移を観測することができました.信号そのものは小さくなりますが効果的に信号を増幅することで微小チップは極低温での物性研究に十分応用可能であることがわかったので,さらにノイズを取り除く工夫を行い,測定精度を高めていきたいと思います.

発 表

村岡佑樹,井上祐輔,中澤康浩,第45回熱測定討論会(八王子),2B1520 (2009)

(村岡佑樹,井上祐輔,中澤康浩)

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