構造熱科学研究センターへの改組を祝して

大阪大学名誉教授   徂徠 道夫

1979年に大阪大学理学部に設置された化学熱学実験施設が,ミクロ熱研究センター,分子熱力学研究センターを経て,本年4月に構造熱科学研究センターに改組され新しいスタートを切ったことにお慶び申し上げます. 熱力学は万物におしなべて適用できる選択則のない科学なので,自然科学のあらゆる分野で係わりをもち,その重要性が認識されています. その証拠に,本年第45回を迎えた我が国の熱測定討論会の協賛学協会が近年は50にも及んでいます. これは他の分野では見られない驚異的な数字です. 熱力学の知見が重要であるという認識はこの様に広くゆきわたっていますが,自ら進んで熱力学に携わる研究者の数は,残念ながら国の内外を問わず減少傾向にあります. その原因のひとつは,各種分光法や構造解析から得られるミクロな知見が,熱科学から得られるエネルギーやエントロピーのようなマクロな知見より優れていると錯覚する人が多いことです. 錯覚の原因にはいろいろありますが,大学で初めて学ぶ量子力学・量子化学の新鮮さに魅せられる学生が多いことや,映像の時代に育っている若者には,ビジュアル化しやすいミクロな知見の方がマクロな知見よりも理解しやすいからではないでしょうか. 結果として,国の内外を問わず研究者数が減り,マイナーな分野になり,研究予算の獲得が困難になるという悪循環に陥っています. 幸いなことに,仁田 勇 先生・ 関 集三 先生らのご卓見により大阪大学理学部に根付いた熱科学研究の拠点は,今や世界の中核的存在として認められています. 改組にあたり,一見地味な熱科学の重要性と大阪大学のユニークな伝統を高く評価し,新たな10年の継続に理解を示してくださった,関係各方面の方々に感謝の意を表したいと思います.

2004年に大阪大学が法人化されてからは,部局附属の施設に関しては「新設または改組を問わず,時限を付けるか否かは部局の裁量に委ねる.」という方針が承認されているので,時限を付けないという選択肢もあったが,協議の結果10年の時限が付いたとうかがいました. 私も現役時代にミクロ熱研究センターから分子熱力学研究センターへの改組の苦労を経験しましたが,当時も10年の時限が付きました. 重要な研究施設と認めるなら文部省も時限の枠を取り払って存続を認めるべきだと切に思ったことでした. しかし時限がなくなるとどうしても研究者の緊張感が薄れ,研究がマンネリ化する恐れが出てくるので,時限を付けてその間の成果を正しく査定してもらうべきだと思うようになりました. 改組にあたっては各方面との交渉が必要ですが,これまでの研究業績と今後の研究展開の夢を理解してもらい,その努力の結果として新しい名称の研究拠点が継続されるのは大きな喜びであり自信に繋がります. 稲葉 章 センター長も,分子熱力学研究センターから構造熱科学研究センターへの改組を達成され,新しい切り口での熱科学研究に意欲を燃やしておられることでしょう. おめでとうございます.

若い人が研究に魅力を感じ後継者が育っていくことが,組織の健全な発展に不可欠です. 特に博士後期課程の学生やポスドク研究者が多数加わった研究組織には活力が満ち溢れるものです. スタッフの益々の努力で若者を惹きつけ,一丸となって新センターの発展に取り組まれることを切に願っています.

(Michio Sorai, Professor Emeritus of Osaka University)

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