私たちはこれまで,ギブズエネルギーGの3次微分量に注目し,水溶液の研究を行ってきました(本レポートNo.29 装置の整備5, No. 30 研究紹介9).(p, T, ni)を独立変数とする熱力学系において,ギブズエネルギーGは系全体の情報を含む熱力学量であり,Gの微分量は系の状態をより詳しく教えてくれるからです.Gの3次微分量は2次微分量を図示的に微分しても求まりますが,微分操作で生じる大きな誤差を含んでしまいます.そこで私たちはGの3次微分量を直接測定できる装置を製作しました.
今回測定する3次微分量である「溶質iの部分モルエントロピー体積相互揺らぎ密度」SVδiは以下の式で定義されます.
Fig. 1. Schematic diagram of apparatus. Two identical cells are filled with solutions with a small mole fraction difference. A hydraulic pressure is applied concurrently to the twin cells. The difference in heats of compression between two cells is determined by a thermo-module.
Photo 1. Photo of cells.
Fig. 2. Comparison of the values and error bars of SVδBEby graphical differentiation and those directly determinated by the present apparatus. The error bar of this work is about the size of filled symbols.
Fig. 1に装置の模式図を,Photo 1にセルの写真を示します.金メッキしたアルミニウムのブロックの周囲にコイル状に巻いたステンレスチューブ(内径0.98 mm,容積0.7 cm3)がセルです.2つのセルの質量とチューブの容積は等しくになるように調整しています.それぞれのセル内のサンプルは,溶液の濃度に少し差をつけたものを入れています.両セルからの発熱量の差は温度差としてサーモモジュールで検出します(ΔQTM).セルはステンレス製の容器に入れられており,その容器は25°に制御された水槽に浸けられています.容器に入っている銅板とマイラーシートは,容器内の温度を均一にする役割を担っています.セルのチューブはさらに細いステンレスチューブ(内径0.25 mm)を通じてバルブに繋がっています.細いステンレスチューブとバルブの中には低粘度オイルが満たされており,バルブのスピンドルが上下することでオイルを通じてセル内のサンプルに液圧をかけることが可能です.2つのセル内のサンプルは濃度が異なるので,圧縮された時の発熱量も異なってきます.2つのセルの熱容量は等しくなるように調整しているので,サンプルの圧縮熱の差Δqはδ(ΔQTM)に比例するとし,δ(Δq) = kδ(ΔQTM)と表すことができます.よって,SVδiを求める式は右の通りです( Δ:セル間の差, δ:圧力変化前後の差) 右辺の{ }内の2項目は2つのセルの僅かな容積差からでる補正項であり,補正に必要なαpは体膨張測定から求められた値を使用しました.
サンプル内に気泡が入ると,圧力変化時に気泡が大きな圧縮熱を出し,正確なサンプルの圧縮熱を測定することができません.水と溶質を混合させた後, アスピレーターで減圧したデシケーター内に10分以上入れ脱ガスしました. 脱ガス時のサンプルの蒸発による僅かな濃度変化は蒸気分圧のデータを用いて補正しました.
2 ブトキシエタノール(BE)について得られた値をFig. 2に示します.○はSVδを図上微分して得られた値,●は今回の実験結果です.凡例の右に平均的なエラーバーを載せいていますが,今回の測定で誤差が小さくなっていることがわかります.また,ピークも明瞭になり,SVδiの濃度依存性も細かく見られます.
さらに1 プロパノール,グリセロールについてSVδiの測定を行いましたので,本レポートの研究紹介記事12で報告いたします.
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