強相関電子系では,スピン,電荷,格子等の自由度が交差することで,超伝導,磁気秩序等の多彩な物理現象が現れます. このような系の物性を理解するためには,あらゆる自由度の変化を追跡できる熱容量測定は特に強力な手段となります. しかし,顕著な量子性を伴うこれらの物性が現れるのはヘリウム温度以下の極低温域であることも多く,熱測定を行うには,まず極低温での安定した測定環境の実現が必要となります. そこで,前回の熱学レポートでの報告に引き続き,容易にかつ正確に熱測定を行うことを目指して,トップローディング型希釈冷凍装置とカロリメトリーセルの改良を行いました. トップローディング型希釈冷凍装置 (Fig. 1) は超伝導磁石に取り付けたVTI (Valuable Temperature Insert) に装填して使用することができ,大型の希釈冷凍機と比較して最低到達温度は劣るものの, 装置操作が容易であること,サンプルをセットしてから短時間で最低温に到達できることなどから測定効率の向上が望めます. また,カロリメトリーセルには熱伝導が良く,銅で見られるような低温での核スピンによるショットキー異常を示さない銀系の材料を用いました. 加えて,本測定で用いる銀製のカロリメトリーセルは分子科学研究所付設の希釈冷凍機とも互換性をもたせ,両冷凍機を併用することでより効果的な測定を行うことが可能です. 今回,トップローディング型希釈冷凍機の改良点と実際に測定を行った結果をここで紹介します.
Fig. 1. Top-loading type dilution refrigerator insert. The system is available in 30 mm sample space of VTI. The adiabatic can is sealed by wood alloy.
Fig. 2. Heat capacities measured with top-loading type dilution refrigerator insert and large-scale dilution refrigerator (previous work).
まず装置系の改良として,希釈冷凍装置内の混合器からサンプルホルダーまでを銀箔でリンクさせ熱の伝導を良くしました. また,カロリメトリーセルに緩和線を追加することでサンプルステージの振動を軽減させ,精度の向上を図りました. さらに,制御系としてこれまで用いていたLakeShore社製の温度コントローラによるシールド温度制御から,Keithley社の220 current sourceを用いて電流値をゆっくり掃引する温度制御に変更しました. 以上の変更により,ノイズ,サンプルホルダー内での熱勾配,温度の振動等が大幅に軽減され, 最低到達温度およびカロリメトリーセル全体の温度の安定性を向上させることができました. また,これまでインサート内を高真空に保つために断熱カンをはんだにより装着していましたが, これをウッドメタルによる装着に変えることでより迅速な着脱が可能となりました.
Fig. 2にトップローディング型希釈冷凍装置を用いて測定を行った結果を示します. 今回の測定は,希釈冷凍機およびカロリメトリーセルの有用性を評価するために測定試料は載せずに行いました. 並べて以前に同じカロリメトリーセルを用いて東北大学金属材料研究所付設の希釈冷凍機で測定した結果を示します. 熱容量の絶対値の違いはサンプルを固定するために用いるグリースによるものです.最低到達温度は100 mK程度で,低温での熱容量の振る舞いは金研での結果と定性的に一致しています. 各温度での熱容量は三回の測定の平均を用いていますが,三点のばらつきも少なかったことから正確に熱容量が測定できていると考えられます.
現在の測定可能な最低温度は100 mK程度ですが,分溜器のヒーターの調整,サンプル温度計測装置の改良等,まだ解決すべき課題が残されており, これらの問題点を解決することで100 mK以下の更なる極低温域からの測定が可能になると考えています.今後は交流法による熱容量測定が可能なセルと組み合わせることで, 微少試料での測定が可能となるような改良も行っていく予定です.
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