装置の整備 3

低温断熱型熱容量測定装置の開発

熱容量の測定は,物質中で起こる様々なタイプの相転移,相変化を検出するために有効な手法です.熱容量の温度依存性を調べ,その特徴を議論することは新しい物質のキャラクタリゼーションや状態図の作成に役立つと同時に,そこからエントロピー,エンタルピー,ギブズエネルギー等の熱力学量の絶対値や温度依存性を正しく決定することができます.このような情報から,相転移のメカニズムや相と相の間の関係をミクロな自由度と関連づけて議論することも可能です.さらに,熱的な測定は低エネルギー領域でのエネルギー分光法的な側面も強く,様々な集団励起の構造を温度計測の分解能を使って調べることができ,凝集相の基底状態の繊細に議論にも有効です.

Fig. 1 Fig. 1. Schematic illustration of the apparatus. The sample stage is surrounded by a Cu shield of which temperature can be controlled to follow the sample temperature. A mechanical–type switch to cool down the sample stage is installed.

Photo. 1 Photo 1. A photo picture of the 3He apparatus. (a) Room temperature part. The micrometer is an operator of the mechanical switch. (b) Inside view of the vacuum can.

熱容量の測定方法には,試料の状態や量,測定したい温度領域に応じていくつかの方法があります.我々のグループでは,これまで分子性の伝導体や磁性体の単結晶測定を行うために,微小試料を用いた緩和法や交流法の測定を中心に行ってきました.しかし,絶対値を正確に求めることができる断熱法を3He温度や希釈冷凍機温度でできれば,TMTTF2Xや一部のBEDT–TTF塩のようなCO(電荷秩序)やCDW(電荷密度波)など,電荷の不均衡な分布と格子が相互作用をもち,長いタイムスケールのダイナミックをもつような分子性化合物での測定が可能になります.そこで,今回,低温領域での測定を意識した断熱型の熱測定装置を使い,極低温の実験を行うことを考え,装置のセットアップを行いました.

Fig. 1とPhoto 1に,我々のグループで組み上げた断熱型熱量計の概観図と実際の写真を示します.装置自体は,我々が依然設計,制作したものを移設し,阪大で再度立ち上げたものです.クライオスタットは,研究室に現有する超伝導磁石に出し入れできるように断熱カンの外径が48 mmの系で作られています.径を細くする必要からスペースが十分とれず,インジウムなどのシールは使えないため,断熱のカンを真鍮で作り,低融点のウッド合金でシールをするようにしています.ウッド合金をフラックスを使ってシール面に均一に行き渡るようにすれば,殆どリークすることもありませんでした.また,少なくとも数回は同じものを使うことができるので,経済的でもあります.

液体ヘリウム温度周辺の近低温,もしくはそれ以下の極低温から断熱法を行う場合は,比較的大量の試料を効率よく冷却するためにメカニカルスイッチが必要になります.この装置では,柔らかい溶接ベローズを用いて上下機構を作り,試料,試料容器を載せるステージを上下させる構造にしています.断熱真空槽の内部に,1.2 Kまで冷却可能な4Heのポットを作り,その内部にニードルバルブを通して液体ヘリウムを導入します.4Heポットに熱的に接触するかたちで3Heの凝縮室があり,ここを通して3Heポットに液体がたまります.3Heを減圧することで,最低温度0.38 Kまで冷却することができます.冷却時には,中心を通るステンレスのワーヤーで試料プレートを引き上げ,3Heポットに接触させた状態で最低温度まで冷やします.十分に冷えた後にスイッチを切り離して断熱状態に置き,測定を行います.

リード線には熱伝導の悪いマンガニン線を用いており,室温から24本を行き帰りの2本ごとにツイストしてクライオスタットの中を通しています.液体ヘリウム温度になる断熱カンの上部,1 Kポットの下部,さらに3Heポットで順次,熱アンカーをとっています.3Heポットから試料ステージの間は30 μm程度の非常に細い線にしてあり,熱の出入りをできうる限り抑えています.試料ステージの裏面には低温で感度の良いCernox温度計を付け,試料部の温度をモニターします.別の温度計を3Heポットにも付けておき,周辺温度をできる限り試料温度に追従できるようにしておきます.極低温領域では試料温度をLakeShore社の低励起電圧のレジスタンスブリッジで測定するようなかたちにしています.現在,装置のセットアップなどがほぼ終了し,これから実際の測定に入る予定です.

(中澤康浩)

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