無機物質ではなく,有機物質が中心的な構成要素となっている「分子磁性体」の中で,近年,キラリティーを示す分子磁性体の研究が,磁気キラル二色性のような磁気電気効果や磁気光効果といった特異な現象を示す可能性があるため,盛んに行われてきています.ニトロニルニトロキシドラジカルの一種である DNPNN(Fig. 1)は,溶液中ではアキラルで光学不活性なのですが,結晶は43らせん軸をもつキラルである P43 斜方晶系になることが,最近の単結晶X線構造解析から明らかになりました.今回,このようならせんキラリティーをもつ磁性体がどのような磁性を示すのか興味があり,熱容量測定を行いました.
Fig. 1. Molecular structure of DNPNN.
Fig. 2. Heat capacities of DNPNN by adiabatic calorimetry and relaxation method under magnetic fields. Red curve indicates the normal heat capacity.
Fig. 3. Magnetic heat capacities of DNPNN under magnetic fields. Blue curve indicate the theoretical heat capacity for high-temperature expansion of S = 1/2 one-dimensional ferromagnetic Heisenberg models withJ/kB = +5.6 K. Red curve shows the heat capacity expected by the spin wave theory for three-dimensional ferromagnets.
熱容量測定は,低温から高温領域の測定には微少試料用断熱型熱量計を用いて,また,極低温領域の測定には Quantum Design 社製の緩和型熱量計 PPMS を用いて行いました.さらに,磁気熱異常の磁場依存性を調べるために磁場中での熱容量測定も行いました.
Fig. 2 は熱容量の測定結果です.1.08 K に磁気相転移による熱容量ピークが観測されました.この熱容量ピークは磁場の増加と共にブロードになり,ピーク温度が高温側へシフトしていきました.このことは,この磁気相転移が典型的な強磁性相転移であることを強く示唆しています.また,磁気相転移の高温側には低次元性磁性体に特有な短距離秩序による熱異常が見られます.図中の赤線のように正常熱容量を決定し,全体の熱容量から差し引いて磁気熱容量を求めました.Fig. 3 にその磁気熱容量を示します.零磁場における磁気エンタルピー・エントロピーはそれぞれ 24.6 J mol−1,5.72 J K 1 mol−1 と求められました.この磁気エントロピーの値はS = 1/2 スピン系の磁気エントロピーの期待値 Rln2(= 5.76 J K−1 mol−1)と非常に良い一致を示しています. また,磁気相転移の高温側の熱異常を解析したところ,鎖内磁気相互作用J/kB = +5.6 K をもつS = 1/2 一次元強磁性ハイゼンベルグモデルでうまく再現できました(図中の青線). すなわち,この磁性体は一次元強磁性であることがわかりました.さらに,磁気相転移の低温側の磁気熱容量はT 3/2 に比例しています(図中の赤線). スピン波理論によると,このことは磁気相転移温度以下で三次元強磁性体であることを意味します.最後に,分子場近似から鎖間磁気相互作用を見積もったところ, zJ′/kB +0.83 K という値が得られました.なお,この DNPNN については磁気測定も行われており,今回の熱容量測定と同様の結果が得られています.
このように,DNPNN はらせん構造に由来するキラリティーと強磁性秩序が共存する純有機磁性体として初めての例であることがわかりました. なお,今回の研究は大阪市立大学の塩見大輔準教授のグループとの共同研究です.
岡田 翔,塩見大輔,神崎祐貴,宮崎裕司,稲葉 章,田中里佳,佐藤和信,工位武治,日本化学会第90春季年会(東大阪),4E4-35(2010)..
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