研究紹介 3

一次元ロジウム(I)−セミキノナト錯体
[Rh(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2] の
熱容量と磁気および構造相転移

無機化合物の元素の多様性と有機化合物の優れた分子性・設計性の両方を兼ね備える金属錯体は,いろいろな機能を生み出す可能性を秘めているため,昔から盛んに合成・研究されています.このような機能性金属錯体の開発の一環として,標題のような化学修飾したセミキノナト配位子を用いた一次元ロジウム(I)−セミキノナト錯体 [Rh(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2] (Fig.1 中)が兵庫県立大学の鳥海幸四郎教授・満身稔博士のグループによって合成されました.この錯体では,Rh(I) は非磁性で,配位子が S = 1/2 のラジカル配位子となって磁性を担っています.これまでに,DSC 測定で 220 K 付近に一次相転移が観測されました.また,単結晶X線構造解析を行ったところ,高温相(226 K)と低温相(162 K)の結晶構造は同型(単斜晶系,P21/n)ですが,高温相では Rh–Rh 間距離が 3.0796(4) Å と 3.1045(4) Å の交互一次元鎖であるのに対し,低温相ではRh–Rh 間距離が 3.0150(7) Å と 3.0426(7) Å の交互一次元鎖であることがわかりました.さらに,両相間で Rh に配位したセミキノナト配位子に大きな構造変化が認められました.しかしながら,この錯体の磁気的挙動の詳細については未だよくわかっていないのが現状です.今回,共同研究として磁気測定や熱容量測定を行うことにより,本錯体の磁気相転移や構造相転移について詳細に調べました.

Fig. 1 Fig. 1. Magnetic susceptibilities of [Rh(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2].

Fig. 2 Fig. 2. Heat capacities of metastable and stable phases of [Rh(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2].

Fig. 3 Fig. 3. Heat capacity differences of metastable and stable phases of [Rh(3,6-DBSQ-4,5-(MeO)2)(CO)2].

Fig. 1 に直流磁化率の測定結果を示します.直流磁化率の温度変化において,冷却方向で 210 K 付近に,加熱方向で 230 K 付近に一次相転移による磁化率の不連続な変化が観測されました.また,図には示しませんが,直流法による零磁場・磁場冷却磁化測定と残留磁化測定,および交流磁化率測定により,15 K 付近にカント反強磁性体への反強磁性相転移が見出されました.磁化率のモデルフィッティングによる解析から,高温相の磁化率は S = 1/2 強磁性−反強磁性交互一次元鎖ハイゼンベルグモデルでうまく再現でき(J1/kB = +469 K,J2/kB = −235 K),低温相の磁化率は S = 1 強磁性一次元鎖ハイゼンベルグモデルでうまく再現できました(J/kB = +76 K).

Fig. 2 に断熱法による熱容量測定結果を示します.223.1 K に大きな一次相転移が観測されました.転移エンタルピー・エントロピーを求めたところ,それぞれ 4.344 kJ mol-1,19.42 J K-1 mol-1 となり,大きなエントロピー変化を伴うことがわかりました.今回の測定で,10 K min-1 以上の速い冷却速度で冷却したところ,高温相が過冷却した準安定相が得られ,62.2 K に新たに小さな一次相転移を見出しました.転移エンタルピー・エントロピーは,それぞれ 96.8 J mol-1,1.61 J K-1 mol-1 となり,小さなエントロピー変化を伴うことがわかりました.この準安定相では 160 K 付近で安定相への安定化による大きな発熱が見られ,そのため見かけ上の熱容量の降下が生じました.

Fig. 3 は 9 T の熱容量の値を差し引いた各磁場中での準安定相・安定相における熱容量です.通常のプロットでは見出されなかった磁気相転移による熱容量ピークが,準安定相では 14.1 K に,安定相では 14.7 K に観測されました.磁場の増加による磁気相転移温度の低下が見られることから,これらの磁気相転移は何れも反強磁性相転移であることがわかりました.

このように,観測された磁気相転移挙動は準安定相と安定相との間ではほとんど差が見られませんでした.実は,最近の詳細な DSC測定で,準安定相に比較的大きな一次相転移が新たに 203.0 K に見つかりました.どうも,このことが準安定相と安定相との間の磁気相転移挙動にほとんど差が生じなかった理由のようです.磁気測定ではわからなかった重大な結果が,熱測定で初めてわかったという典型的な例となりました.

(Natalia Górska,宮崎裕司)

発 表

宮崎裕司,N. Górska,山崎翔太,西谷 崇,満身 稔,鳥海幸四郎,稲葉 章,第4回分子科学討論会(豊中),2P035(2010); 第46回熱測定討論会(津),3C1020(2010).
山崎翔太,満身 稔,西谷 崇,鳥海幸四郎,北河康隆,N. Górska,宮崎裕司,稲葉 章,第60回錯体化学討論会(大阪),4B-13(2010).

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