研究紹介 4

擬一次元ニッケル(III)錯体 [RBzPy][NiIII(mnt)2](R = F,Cl,Br,I,NO2,CN)の
熱容量と相転移

S = 1/2 一次元反強磁性ハイゼンベルグスピン系の中には,スピンーパイエルス転移と呼ばれる常磁性から非磁性への磁気相転移を示すものがあります. S = 1/2 である [NiIII(mnt)2]−イオン(Fig. 1右)を基本成分とする擬一次元ニッケル(III)錯体は, スピンーパイエルス転移を示す候補物質として近年盛んに研究されています. [RBzPy]+ イオン(Fig. 1左)をカウンターカチオンとする [RBzPy][Ni(mnt)2](R = F,Cl,Br,I,NO2,CN)は何れも室温でほぼ同じ結晶構造をもち, F 置換体では 93 K に,Cl 置換体では 102 K に,Br 置換体では 110 K に,I 置換体では 117 K に, NO2 置換体では 182 K に Ni(III) イオンが二量化する構造変化のために常磁性から非磁性になる相転移が報告されています. 今回,私たちはこれらの錯体の相転移や磁性をさらに詳しく調べる目的で,熱容量測定と磁化率測定を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. Structures of [RBzPy]+ and [NiIII(mnt)2] ions.

Fig. 2 Fig. 2. Heat capacities (upper) and magnetic susceptibilities (lower) of [RBzPy][NiIII(mnt)2] (R = F, Cl, Br, I). For the sake of clarity, the heat capacities and magnetic susceptibilities except for the I-substituted complex are shifted upwards.

Fig. 3 Fig. 3. Heat capacities (upper) and magnetic susceptibilities (lower) of [RBzPy][NiIII(mnt)2] (R = NO2, CN). For the sake of clarity, the heat capacity of the NO2–substituted complex is shifted upwards.

Fig. 2 上および Fig. 3 上に [RBzPy][Ni(mnt)2](R = F,Cl,Br,I,NO2,CN)の熱容量測定結果を, Fig. 2 下および Fig. 3 下に磁化率測定結果を示します.F 置換体では 93.3 K に,Cl 置換体では 102.4 K に, Br 置換体では 109.8 K に,I 置換体では 116.8 K に,NO2 置換体では 180.2 K に相転移による熱容量ピークが観測されました. また,これらのピーク温度とほぼ等しい温度以下で磁化率の低下が見られました.緩和法による熱容量測定では, これらの熱容量ピークが顕著に現れなかったので,観測された相転移は何れも一次相転移です. 一方,CN 置換体では熱容量には何も異常が見られませんでしたが,磁化率には 52 K に反強磁性相転移によるものと思われる磁気異常が現れました. また,2 K で小さな磁気ヒステリシスが見られたことから,52 K 以下ではカント反強磁性体になっているものと考えられます.

驚いたことに,F 置換体では 119.4 K に緩和法による熱容量測定や磁化率測定では検出されなかった一次相転移による熱容量ピークが新たに見出されました. 観測された一次相転移によるエンタルピー・エントロピー変化は,F 置換体ではそれぞれ 778 J mol−1,7.54 J K−1 mol−1,Cl 置換体ではそれぞれ 586 J mol−1,5.75 J K−1 mol−1, Br 置換体ではそれぞれ 608 J mol−1,5.61 J K 1 mol−1,I 置換体ではそれぞれ 635 J mol−1,6.16 J K−1 mol−1,NO2 置換体ではそれぞれ 1.04 kJ mol−1,6.20 J K−1 mol−1 となり, F 置換体以外では S = 1/2 スピン系で期待されるエントロピー変化 Rln2(= 5.76 J K 1 mol−1)と良く一致しています.F 置換体では転移エントロピーが Rln2 より大きく, 119.4 K の相転移で磁化率に変化が見られなかったことから,F 置換体の高温側の相転移は Ni(III) イオン間距離を一定に保ったまま構造変化する相転移であると思われます. 今回の一連の [Ni(mnt)2] 錯体で観測された相転移は,何れもスピン−パイエルス転移ではありませんでした. 今後,さらにカウンターカチオンの種類を変えた試料について測定を行うことによって,スピン−パイエルス転移を発見できればと思っております.

(藍 孝征,宮崎裕司)

発 表

X.–Z. Lan, Y. Miyazaki, C.–G. Yang, X.–J. Ji, C.–X. Cheng, and A. Inaba, the 21th IUPAC International Conference on Chemical Thermodynamics (Tsukuba), TC–2P–16 (2010); the 2nd International Symposium on Structural Thermodynamics (Toyonaka), P–9 (2010). 宮崎裕司,藍 孝征,楊 常光,紀 祥娟,程 俊献,稲葉 章,第46回熱測定討論会(津),3C1000,P09(2010).

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