研究紹介 10

1P–Probing法によるモノカルボン酸ナトリウムの水への影響T

水溶液中の分子やイオンが水とどのように係わるかについて(言い換えるとkosmotropic に働くか,chaotropic に働くかといった性質の違いによる順列として), Hofmeister series 他いくつかの研究結果が示されてきましたが,未だ確たる見地が得られていません. この問題を解明する1つの方法として, 1P–Probing 法が古賀によって開発されました(Y. Koga, Solution Thermodynamics and Its Application to Aqueous Solutions: A Differential Approach, Chapters VII and VIII, Elsevier (2007)). この方法は対象となる分子やイオンを加えた1-プロパノール(1P)水溶液中の 1P の過剰部分モルエンタルピー HE1P を測定し,その濃度微分量 HE1P–1P を求めます.HE1P-1Pの濃度依存性は水の"水らしさ"が失われない限り,ピーク型の異常を示します.対象の溶質の存在によりピーク位置(X点)のシフトその他について考察することで, 1P をいわば指標にして目的の分子やイオンの水溶液中での性質を調べようというものです. 今回,この方法を用いて酢酸ナトリウムについて測定を行いました.以前古賀による測定の際には, 酢酸イオンが意外にも疎水的であるという結果となり,測定を行っていない濃度でも同様であるのか調べるのと共に, 特に希薄溶液での酢酸イオンの振る舞いに興味があり,実験を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. Concentration dependence of HE1P–1P in sodium acetate aqueous solution.

Fig. 2 Fig. 2. Concentration dependence of HE1P–1P in sodium acetate aqueous solution.

Fig. 3 Fig. 3. The value of x1P of point X vs. initial concentration of sodium acetate aqueous solution. Dotted line shows the contribution of one sodium ion.

装置は研究室既設の自動化された Thermometric 社製等温壁型熱量計 LKB8700 を等温滴定型に改造したものを使用しました. 測定はヒーターでの加熱による熱容量測定(Calibration)と,1P 滴下の際の熱変化測定(Titration)を交互に繰り返す形で, x1P = 0 ∼0.15 の濃度領域で行いました.前後の Calibration で求めた熱容量をもとに Titration での熱変化を HE1P に換算しました.

酢酸ナトリウムの HE1P 測定結果(Fig. 1)と HE1P–1P 計算結果(Fig. 2)を示します. x°NaOAc≥0.04 では終点付近で相分離が観測されたので,その時点で測定を中止しました. Fig. 2 から分かるように,X点は全般に左向きにほぼ横ばいとなってシフトしています. これは酢酸イオンが測定した濃度領域全体にわたって疎水性溶質と同じように振舞うことを意味します. 一方で x1P = 0 付近では,HE1P–1P の値は徐々に増加しています.電解質の塩である塩化ナトリウムなどの場合, イオン周りでの水和殻形成によりバルクの水分子にイオン付加による影響が及ばず,その結果,この付近での HE1P–1P の値に変化が見られません. このことから,酢酸イオンは水和殻形成に加えてバルクの水素結合確率を下げる働きをしているのではないかと推測されます.

X点のシフトについてさらに考察します.Fig. 3 はX点のx座標の塩濃度依存性をプロットしたものです. このプロットを x1P = 0 に補外した値 x°NaOAc = 0.097 が水分子とイオンのモル分率に当たるとの考えから, イオン周りの水分子の数を9.3個と見積もりました.ナトリウムイオンの周りには5.2個の水分子が水和しているといくつかの研究で報告されているので, これを差し引くと酢酸イオンの周りの水分子の数は4.1個と見積もることができます.

今後,蟻酸ナトリウム,プロピオン酸ナトリウムについても同様の手法で測定を行うことで,水溶液中でのモノカルボン酸イオンの振る舞いの炭素鎖の変化による影響を調べる予定です.

(近藤洸生,宮崎裕司,古賀精方)

発 表

T. Kondo, A. Inaba, Y. Miyazaki, and Y. Koga, the 2nd International Symposium on Structural Thermodynamics (Toyonaka), P-14 (2010)

近藤洸生,宮崎裕司,稲葉 章,古賀精方,第46回熱測定討論会(津),2C1540 (2010).

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