液体が凝固して固体に変化するとき, ヘリウム–3の特別な場合を除けば,系のエントロピーSは必ず減少します. このとき水では,たいていの物質と違って体積Vが増加することはよく知られています. 特異な水素結合の形成によって,液体の水よりもかさ高い秩序構造がつくられるからです. 実は,この水素結合は液体の水でも存在し,3次元的に端から端へとつながっていて「水らしさ」を醸し出す原因になっています. ただし,液体では,揺らぎが俄然増加します. つまり,水素結合により各々の分子間結合の強さは通常の液体(たとえばヘキサン)に比べると, 少なくとも数倍の幅で揺らいでいます.その揺らぎの途中,局所的かつ瞬間的に氷のような構造が生成したり, 消滅したりしているのです.この液体の水の特徴を表すのには,次の物理量SVδが便利です.
kBはボルツマン定数です.熱力学的には, SVδは膨張率 αpと温度Tの積で表され,全体としてギブズエネルギーの2次微分量になっています. つまり,この氷のような構造は体積揺らぎ(V–<V>)は正となり,同時にエントロピー揺らぎ(S–<S>)は負となり, SVδに負の寄与をします,そこが通常の液体と違うところです. このような水を溶媒として外から溶質を加えたとき,@ もともとあった水の特異性はどう変化するでしょうか. また,A 両者はどんな混ざり方をするでしょうか.それが本研究の興味です. そのためには,溶質iのSVδに与える影響を見るために,SVδの濃度微分をとります.
ここで,SVδiはギブズエネルギーの3次微分量であり, 「溶質iの部分モルエントロピー体積相互揺らぎ密度」と表現することができます. 以前の我々の研究から,濃度が低い領域では,端から端まで繋がった水素結合ネットワークは保たれことは判っています(領域I). しかし,濃度が上昇すれば水素結合ネットワークは切断され(領域II),遂には種々のクラスターの混合物となることでしょう. その過程で,溶質によっては特異な水和構造が形成されるかもしれません.
Fig. 1. SVδGly of glycerol-water system. The slope of SVδGly seems to change at points X and Y.
Fig. 2. SVδ1P of 1P-water system. In mixing scheme I, SVδ1Pseems increasing almost linearly.
Fig. 3. SVδBE of BE-water system. In mixing scheme I, slope of SVδBEseems to change at about XBE = 0.012.
前置きが長くなりましたが,われわれは研究室で製作した装置(本レポート,装置の整備##)を使用し,グリセロール(Gly)と1 プロパノール(1P), 2 ブトキシエタノール(BE)の水溶液について, SVδiを直接測定することに初めて成功しました. その結果をそれぞれFig. 1,Fig. 2,Fig. 3に示します.濃度が低い領域では,溶質の増加に対してSVδGlyは減少しますが, SVδ1PとSVδBEは増加します.これは親水的な溶質(Gly)と疎水的な溶質(1P, BE)で,水に対する関わり方が質的に異なることを反映しています. また,それぞれの SVδiの増加率(減少率)がX, Yを境に変化しているように見えます. これは,水溶液内の水素結合ネットワークの繋がり方がこれを境に変わることを示唆しており, 領域I,領域IIおよびそれらの転換領域と考えられます.また,同じ疎水的溶質である1PとBEとでも, 領域I内でのSVδiの濃度依存性を比較すれば,SVδ1Pが一定の増加率で変化しているのに対して, SVδBEはXBE = 0.012付近で変化していることが分かります. これも,1PとBEで水素結合ネットワークに対する影響の仕方に何らかの違いがあることを示唆しています. 以上のように,より高次の微分量を調べることで,より詳細な情報が得られるのは大変興味深いことです.
K. Yoshida, S. Baluja, A. Inaba, K. Tozaki, and Y. Koga, the 21st IUPAC International Conference on Chemical Thermodyamics (Tsukuba), FF-5P-31 (2010). K. Yoshida, S. Baluja, A. Inaba, K. Tozaki, and Y. Koga, the 2nd International Symposium on Structural Thermodynamics (Toyonaka), P-15 (2010). 吉田 康,S. Baluja,稲葉 章,東崎健一,古賀精方,第4回分子科学討論会(豊中),4B03 (2010). 吉田 康,S. Baluja,稲葉 章,東崎健一,古賀精方,第46回熱測定討論会(津),2C1520 (2010).
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