哺乳類を除く脊椎動物は大きな卵から発生します.大きな卵は, 発生に十分の栄養(卵黄顆粒)を保持しているので, 受精膜の内側で幼生期をスキップして発生が進行し, 卵膜から出てきたときには,おとなの形態になっています. アフリカツメガエル(卵の直径約1.2 mm)の場合も, 幼生期(胞胚期から原腸胚期)の退化・短縮,成体の前倒し発生が起こり, 卵割期から胞胚期,原腸胚期,神経胚期,尾芽胚期と発生段階が相互に重なり合いつつ連続に進行し, 室温ではわずか1日半で孵化して,3日後には一人前のオタマジャクシにまで成長します. この間,外界から栄養の補給は一切ありません.
Fig. 1. Thermogenesis of the early development of Xenopus laevis.
An egg fertilized at t = 0 hr was loaded in the isothermal calorimeter at T = 295 K.
The solid line represents the crystal growth model of eq. (3) with Avrami index n = 3/2.
Fig. 2. Arrhenius plots of the frequencies of the cell cycles, τ0−1(open circles,
the activated oocytes; triangles, the fertilized eggs),
the crystal growth rates τc−1 of the embryos (open squires),
and the thermogeneses of the activated oocytes P (closed circles) at T = 288 K, 291 K, and 295 K.
アフリカツメガエルの受精卵を22 °Cの熱量計に閉じ込め, 受精の瞬間を時刻t = 0 hrとして,発熱を観測し続けた例を図1に示します. 縦軸がlogスケールになっていることに注意して下さい.t = 2.5 hrのところの鋭いピークは, 受精卵を1気圧の酸素下でアンプルに封じ,熱量計に投入した操作によるものです.t = 8 hrくらいまで続く約30分周期の変動は, 卵割の周期に一致しています.第12卵割(t = 7 hr)あたりからの急激な発熱の立ち上がりが中期胞胚転移(Midblastula Transition)に対応します. その後,短い原腸胚期から,神経胚期,尾芽胚期,孵化を経てオタマジャクシになる過程が発熱の観察からもよく分かります. 原腸胚期の終わりの卵黄栓が閉じる頃(t = 12 hr)に,発熱増加の傾きが緩やかになります. 神経胚期の終わりに,神経褶が閉じて神経管が完成しますが, その瞬間に対応すると見られる発熱の鋭い一時的減少も観測されます(t = 25 hr). t = 38 hrに観測される比較的大きなステップは,孵化腺の活性化によるものと思われます. 尾芽胚頭部の孵化腺から分泌される酵素によって卵膜が溶かされ,尾芽胚が孵化します. その前後から,スパイク状の鋭い発熱が現われます.これは筋肉運動の開始によるものです. 尾芽胚は孵化後も1日間はほとんど運動しません.t = 70 hr付近から現われる大きなスパイク状発熱は, オタマジャクシが自発的に運動を始めたことによります.
さて,この初期発生の間,胚は外界から酸素と水を取り込み,二酸化炭素とアンモニアを排泄するだけで, 卵に蓄えられた材料とエネルギー源を使って,体を作っていきます.大胆にも, この過程に,結晶成長のアナロジーで,よく知られたAvramiの式(1)を適用できると考えます.
C (t) = 1 - exp[ - (t/τc)n (1)ここで,nはAvrami指数,tは時間,Cは結晶化度, τcは結晶成長時間で,この場合孵化後しばらくして, 一人前に泳ぐようになったオタマジャクシの時にC = 1であるとします. しかし,今観測しているのは,単位時間当たりの発熱量Pなので, 形態形成の度合を"結晶成長度"として観測しているわけではありません. エネルギー代謝に関わるところの結晶化(活性化)が関係することになります. Cは稼働している工場の数,Pは生産された商品の数であるとも言えます. さらに,dP /dtはCの増加だけでなく,P自身にも比例すると考えることにします. つまり,正のフィードバックがかかるとします.新工場は消費の規模に応じて生産効率を上げるわけです.そうすると,Pの時間変化は,
dP/dt = a (dC/dt)P (2)となります.ここでaは比例定数です.最終的に,これを積分して,
ln P = a{1 - exp[-(t/τc)n]} + c (3)を得ます.このモデルを使って,a, τc,n,cを補助変数として, 初期神経胚からオタマジャクシまでのPを最適化した曲線を図1に示しています. このとき,Avrami指数nは3/2となります.この値は,均一核形成で,拡散律速の結晶成長であるとすると, 結晶の形状は1次元であるという結果を与えます.また,実測のPには,神経胚期と原腸胚期の境界に折れ曲がりがあり, 式(3)は原腸胚期以前を含めては最適化できません.この折れ曲がり点の前後において,胚の形態形成が幾何学的に別のレジームに属していることとの関係が興味をもたれます.
カエルは変温動物なので,温度を変えて発生させることができます. 予想されるように,温度を下げると発生が遅くなります.結晶成長速度τcを温度の関数として, Arrheniusプロットすると図2の様になります.カエル成熟卵は受精させなくても,カルシウムイオン注入によって活性化し, 受精卵の卵割と同じ周期で代謝が振動します.この振動数を τ0−1として, 同様にArrheniusプロットを図2に示します.たいへん興味深いことに, この2つはほとんど同じ傾きをもっています.このことは,カエルの初期発生が, 細胞周期を単位とする生理的時間に従って進行するという考えから導かれる結論に一致します. しかし,問題なのは何がこの生理的時間の速さを決めているのかということです. 図2の直線の傾きから得られる見かけの活性化エネルギー100 kJ mol−1は, この時計の速さを支配している律速過程に関係していると考えられます.
長野八久,大出晃士,第46回熱測定討論会(津),3B1020 (2010).