研究紹介 18

BEDT–TTFとBEDSe–TTF混晶塩の熱容量測定

有機電荷移動錯体,集積型金属錯体,分子性ラジカル磁性体などの分子性化合物は, スピンや電荷の自由度をもつ機能性分子ユニットが多様な構造に集積した分子集合体です. 分子性結晶特有の柔らかく低次元的な特徴のある格子の中で,分子間の相互作用が連鎖しながら長距離的な相関に発展したり, 結晶中の電子が元来もっている顕著な量子効果が現れることで,無機化合物にないような様々な物性が出現します. 私たちは,これまで,このような電荷移動錯体のうち, ドナー分子と閉殻アニオンが分離積層して二次元の層状構造をもつ電荷移動塩について研究してきました. ドナーがBEDT–TTF分子の場合には,様々なタイプの構造が知られおり,また数多くの超伝導体も見出されています. この中で,BEDT–TTF分子が強く二量化したκ型と呼ばれる構造の塩では,超伝導相と反強磁性絶縁相が隣接しており, 高い超伝導転移温度を与える物質は状態図の中では反強磁性に近いところにあることが分かっています. 二量体をユニットとして考えると,そのユニットに一個のホールがあるため,分子軌道の重なりによって電子の移動が起き, バンドが出来ると,そのバンドは半分まで電子がつまった半充填の状態になります. この場合,電子物性はオンサイトクーロン反発エネルギーUとバンド幅Wの比,U/Wに依ります. クーロン反発Uが大きく電子が局在するのがMott絶縁体であり, また圧力印加を行うとバンド幅Wが増大しU/Wも減少するため,圧力は物性制御の重要なパラメーターになります.

Fig. 1 Fig. 1. The electronic phase diagram of the dimer–Mott type organic system. The high–Tc superconductive phase is neighboring to the Mott insulating phase. The position of κ∼[(BEDT–TTF)1–x(BEDSe-TTF)x]2Cu[N(CN)2]Br (x = 0.05, 0.1) and their transition temperature under pressure are marked in the phase diagram.

Fig. 2 Fig. 2. Temperature dependence of ac heat capacities ofκ∼[(BEDT–TTF)0.95(BEDSe–TTF)0.05]2Cu[N(CN)2]Br obtained under pressures. The decrease of the transition temperature is confirmed.

Fig. 3 Fig. 3. Low temperature heat capacity of x = 0.17 sample obtained under 0 T, 1 T, and 8 T. The data of 8 T means that the ground state of this sample changes from simple metal to anomalous metallic state with strong magnetic fluctuations.

高い転移温度を示すBEDT–TTFの塩では, κ∼(BEDT–TTF)2Cu[N(CN)2]Brという塩が良く知られています. この物質は,電子相関によってできるd-波と呼ばれる対称性をもつ電子対をつくりますが, 超伝導転移そのものは非常に大きく,強結合的な振る舞いが見られます. 同じ傾向は κ∼(BEDT–TTF)2Cu(NCS)2というアニオン部位が異なることで, 化学的な圧力が生じ,転移温度が1 Kほど低い塩でも見られます. 超伝導相内について系統的に調べるためには,アニオン部を置換した塩をつくり, 化学的な圧力の変化として見ていくことが一つですが, BEDT–TTF分子にBEDSe–TTFを混ぜてCu[N(CN)2]Brアニオンと混晶塩をつくると, 硫黄とセレンの軌道の違いで生じる分子サイズの差異によって化学的な圧力を誘引し, 超伝導転移温度を下げることができます(阪大化学熱レポート2009年度研究紹介16). Fig. 1は5%のBEDSe–TTFを混ぜた塩の圧力下での熱容量のデータです.超伝導転移は10 K付近に存在しますが, 3kbar程度の加圧によって7 K程度まで落ちていることが分かります. 10%の置換塩では,常圧で6.1 Kの転移がやはり加圧によって下がっていきます. Fig. 2に示した 塩の二量体の相図の中で,BEDSe–TTFによる置換は, 相図にそってバルクの性質として変化していっていることが分かりました. 以前,低温熱容量についての報告で,BEDSe–TTFの増加とともに低温で残る残余 &gamma*項が出現することを報告しましたが, その極低温での性質とあわせて系統的に議論することが必要です.

BEDSe–TTFの濃度が上がってくると少し奇妙な振る舞いが出てきています. 17%置換したデータをFig. 3に示します.この塩では,40%以上の置換は基底状態を変化させ, 低温でSDW状態が形成されます.今回,緩和法により測定した17%の混晶塩では明確な超伝導ピークは観測されませんでした. しかし8 Tの磁場を印加すると,熱容量の増大が極低温側まで見られました. 次に1 T 印加においては高温側では熱容量は零磁場と同様の挙動を示しますが, 3 K以下の低温で徐々に強磁場での挙動に近づき増大します. これはSe低混晶塩に加圧したものでは見られませんでした. つまり置換による影響は圧力の増加による超伝導転移温度の減少だけではなく, 基底状態にも磁性に関する変化をもたらして熱容量の増大に繋がっていることがわかりました. 組成比の異なるサンプルについても強磁場下測定を行い, 混晶による相変化について詳査していきたいと思います.

(堀江裕樹,所のぞみ,中澤康浩)

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