装置の整備1

超微少試料用断熱型熱量計の開発

断熱型熱量計は高精確度な熱容量測定を行うことができるという大きな利点をもっています.また,測定容器(セル)に密閉できれば,試料の形態を問わないこと,測定後に試料を回収可能なことなども利点として挙げられます.一方で,一般的には測定に多量の試料(1 g 以上)が必要であるという欠点があります.我々は以前に,数百 mg 程度の試料量でも従来並みの精度で測定が可能な断熱型ミクロカロリメータを開発しました.この装置では,温度測定に温度移送法を採用することで,セルの小型化,それに伴う測定試料量の微少化を実現しました(本レポート No. 1,10,11 参照).しかし近年では,学問的に興味のある物質で,得られる試料量がさらに少量(数十 mg 以下)のものも多くあります.このような物質の熱容量測定では,最近では市販の緩和型熱量計がよく用いられますが,一次相転移の検出に不向き,高温で正確な熱容量値を得にくいなどの欠点もあります.そこで,試料量が数十 mg 程度の物質に対しても断熱法による熱容量測定を可能にするために,前述の断熱型ミクロカロリメータで用いる超微少試料用セルを試作しました(本レポート No. 29 参照).今回,さらなる高精確度な熱容量測定を可能とするためにセルの改良・製作を行いました.

Fig. 1 Fig. 1. Structure of an ultramicro cell.

Fig. 2 Fig. 2. Heat capacities of empty cells.

Fig. 3 Fig. 3. Molar heat capacities of benzoic acid (NIST, SRM 39i) and synthetic sapphire (NIST, SRM 720).

Fig. 4 Fig. 4. Molar heat capacity of Milli-Q water.

Fig. 1 にセルの模式図を示します.セルは主に,試料を封入した Bruker AXS 社製 DSC パン(測定試料により数種類を使用)と,プレートからなります.このプレートは,8 × 6 × 0.2 mm3の銅板に,セルヒーターとなる精密チップ抵抗器(10 kW)と,温度移送と断熱制御のための熱電対を挿入する銅管を配置したものです.セルヒーターのリード線には,熱漏れを小さくするために熱伝導率の小さいコンスタンタン線(φ 0.05 mm)を用い,また,リード線での発熱がセルヒーターでの発熱に比べて十分小さくなるようにしています.パンとプレートの熱接触を確保するために少量のアピエゾンNグリースを間に塗り,全体を銅線で固定してセルとします.測定毎に使い切りとなるパン・グリース・銅線の質量差によるセルの熱容量のずれは,それぞれの熱容量の測定値を用いて補正します.Fig. 2 に空セル(Cell A:32 mL アルミパン使用,Cell B:70 mL アルミパン使用,Cell C:32 mL 銀パン使用)の熱容量測定結果を示します.熱容量は従来のセルの 1/10 程度の大きさで,測定精度は ±0.1 % 程度でした.次に,このセルのパフォーマンスを検証するために標準物質と水の熱容量測定を行いました.

Fig. 3 に標準物質である安息香酸(NIST, SRM 39i)と合成サファイア(NIST, SRM 720)の熱容量測定結果を示します.試料量は,安息香酸が約 13 mg(Cell A 使用時)と約 37 mg(Cell B 使用時)で,合成サファイアが約 26 mg(Cell A)と約 87 mg(Cell B)です.測定結果を文献値(図中の曲線)と比較すると,測定確度は 1 % 程度でした.また,Fig. 4 に Milli-Q 水の熱容量測定結果を示します.試料量は約 18 mg(Cell C 使用)です.測定確度は 0.5 – 1 % 程度で,氷の融解エンタルピーは ΔfusH = 6.040 kJ mol−1(文献値 ΔfusH = 6.0068 kJ mol−1)と求まりました.これらのずれの原因については,リード線・熱電対線を介する熱の出入りや輻射の影響を未だ十分に小さくできていないことが考えられます.しかしこれは,測定に用いた試料量や装置の測定精度などを考慮すれば妥当な結果であり,現時点では概ね満足のいくものであるので,この超微少試料用セルの有効性が確認できました.また,更なる試料量の微少化や測定精確度の向上のためには,今回のセルに最適化された装置が必要となるため,新たな熱量計の開発を計画中です.

(荒井眞一郎,宮崎裕司)

発 表

荒井眞一郎,宮崎裕司,稲葉 章,第47回熱測定討論会(桐生),1C1420 (2011).

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